乾いた音

からからと乾び蓮の実飛び頃に
飛ぶときがきたり蓮の実飛びにけり

蓮の花托の蜂の巣状に一個ずつつけた実は、とっくに飛んでしまっている季節だ。

花のあとでつけた青い実は食用にするが、このように乾いて皮が黒紫に変色した実は、蜂の巣の中でいつでも花托から外れるようになっていて、揺らすとからからと乾いた音がする。
これがさらに進んで写真にある花托のように枯れてくると直立の姿勢が保てず、まるで傘の骨が折れたようにうなだれて種がこぼれる。
これを「蓮の実飛ぶ」として、秋の季語となっている。
根は蓮根に、種は来年発芽してまた花になり種を増やす。鉢の中でも十分発芽は期待できるということであるが試したことはない。

負けてない布袋葵

頤を引いて蓮実の飛ぶ構へ

本薬師寺跡の蓮花も終盤期。

すでに実を飛ばしたものもあるが、今たいていはその準備段階のようだ。
その準備というのが面白い。
蕚の重みを支えきれなくなったのだろうか、どの蕚も上から15センチくらいのところから俯ぶいている。しかもどれもこれも南を向いているのだ。
まるで顎を引いて実を太陽に向かって飛ばすかのような姿勢なのである。

ぎっしり蓮に埋め尽くされた間から、負けじと首を伸ばしているホテイアオイも逞しい。蓮に負けない高さだから、50センチくらいはあったろうか。

二百十日の空模様

実の飛ぶや蓮の蕚の雨溜り

今日は空模様が怪しい。

傘を持って出たが、日中は意外に雨が上がり吟行は濡れずには済んだ。いっぽうで、雨後の湿度は高く蒸し暑い一日となった。
吟行地は西の京。なかでも、どちらかといえば薬師寺よりも句材の多そうな唐招提寺を選んだ。実際に、夏から秋への変わり目の季節ということもあって、句材がいくらでも転がっているというまことに贅沢な日であった。
聞いた話では二百十日にもあたるこの日は「厄日」であり、関東大震災の忌日「震災忌」でもある。「稲の花」、「走り穂」の佳句も多く非常に勉強になった。

唐招提寺は和上伝来と伝わる蓮でも知られるが、境内のあちこちの池や鉢に花を終えた蓮が多い。花のあとの実には大きな種がいくつか入っていて、これが弾け飛ぶとぱっくり穴があく。掲句は、ちょうど夜来の雨があり、それを溜めたままになっているのを発見したのを詠んだもの。