ときの賜物

傘たたむ梅雨の走りの日の目かな

こういうのを走り梅雨というのだろうか。

降る降ると言われて予定を組んだが、結局寸の間ぱらついただけ。
昼過ぎには碧空さえものぞいて、おおいに当てが外れてしまった。
雨の少ない当地ではそういうことはよくあることで、浮いた時間はありがたく昼寝に使わせてもらった。

二桁

サイレンの湿りがちなる走り梅雨

それは12時間後に来た。

風呂でいつものように流していたときのことだ。注射した部位にタオルがあたると痛い。テープはまだ貼ったままだ。その後はさわらぬ神に祟りなしと触れぬようにようにはしていたが、蒲団に入りその腕を下に横向きになると痛い。とくに腫れているわけでもないのだが、少々気にかかる。
今朝もまだ痛さが残っている。体もこころなしかだるい。これを書いている夕方になっていくぶん治まってきたようだが、だるさは消えたが腕のほうは押さえてみるとまだ痛む。
二回目のほうが本格的にあるケースが多いということなので、もう少し反応が強く出なければいいがと願う。

今日の我が町の感染者数は10と二桁。こんな小さな町のことだから明らかにクラスターが発生したのだろう。大きな病院はないので老人福祉施設ではないかと疑う。そう言えば今日家の前の道路を何回も救急車が行き来していたのはそうなのかもしれない。坂の上に大きなホームがあるのだ。

梅雨入

すべり粉は絶滅危惧種走り梅雨

算盤にふりかけたものだった。

それが梅雨ともいえる時代があった。
算盤はほそぼそと作られてはいるが、IT技術が発達したこの時代にまだ算盤を使うのはよほど限られた人たちだろう。
建て付けが悪い扉なども、湿気で滑りがいっぺんに重くなる。
いま思うといちばん不快だったはずなのが汲み取り式便所だが、当時はみんなそんなものだと思っていたから特別いやな思い出はない。
このトイレに関していえば、洋式、それもウォシュレット付きになってからというものは劇的に改善されたものの代表かもしれない。
今日近畿は梅雨に入った。

頭越し

皮底の靴重たくも走り梅雨

西日本の頭越しに東の梅雨宣言。

関東などは明日は晴れそうだしなんだかなあと言う感じだが、西はしばらく先に持ち越すとのこと。
となれば、今日の雨などはまさに梅雨の走りというべきだろうか。
雨と言えば気になるのが足もと。
とくに現役時代は雨靴で出勤というわけにもいかず、いきおい革靴となるが、一日中履いてるものなので快適さを保つことがポイントとなる。
そのなかで皮底の靴は通気性もあって晴の時は蒸せなくていいのだが、いったん水を吸ってしまうと重くも感じるし、それがひどいとなんとなく湿っぽく感じることがある。
逆に、合成底のものは水は通さなくてよいのだが、蒸れるのが欠点で使う気になれなかった。
その後、水蒸気は通すが水は通さず、しかも軽いという便利な素材が開発され、普段使いには非常に便利である。ただ、デザイン的には皮のものにはとうていかなわないので、ここというときは履き慣れた皮底の方を選んでしまう。だいいち靴音が違うのである。あの足を運ぶたびこつこつと響く音には背筋をただせと言われているような気がするのである。

雨の待合室

内科医の手持ちぶさたも走り梅雨

そろそろ梅雨入り宣言ありそうな天気だ。

毎月の薬をもらいにかかりつけ医のもとに行く。
待合室はがらんとしてすぐに順番が来る。
いつものように血圧計り、70-122と正常値。聴診器ぽんぽんとあてて「はい、異状なし」。ものの二、三分であっけなく終了。
あまりに簡単に終わったが、どっこい。覚えのない血液検査料を請求されて聞き返す。
おまけに、処方箋にいつもあるべき薬のリストがない。薬局の人を走らせて、あれこれと。
先生、事務方ともちょっとリズムが狂ったようである。

アイロン掛け

ワイシャツの糊はんなりと走り梅雨

冷たい雨の二日目。

沖縄は既に梅雨に入ったというから、この雨は梅雨の前触れでもあろう。
つづいて梅雨入りするのは九州に間違いないが、それにしてもその九州にとくに雨が多いのが気にかかる。
雨をしのぐべき家に戻れず、苛酷な環境を強いられている人たちの辛い境遇を思う。

今日は室内を歩くにもスリッパが床にくっつくように重く感じる。
湿度も幾分高いようで、アイロン掛けするにもパリッとはしない日である。