目覚まし歌

鶯や隣の雨戸開ける音

そろそろ初音が聞かれる頃。

玉川学園に仮住まいしていた頃、毎朝窓近くまで来て挨拶してくれていた。鶯はご承知の通り藪を渡っていく鳥だから、一軒一軒律儀に触れ回って朝だ、朝だと教えてくれるようだった。
当地でも鶯の声は聞かれるが、藪までは距離があるのと二重サッシのおかげでよく聞き取れない。防音効果も時には無粋なことをするものである。
掲句は作り話だが、あり得ない話ではない。
目覚めて窓を開けたり、外へ新聞を取りに出たときなど、鶯の目覚まし歌を聞くのはいいものである。

ポリ袋の日

鶯の声や月曜ゴミ出し日

しばらく聞き惚れる。

今が一年で一番鳴いてくれる季節だ。
ポリ袋をゴミネットに放り込んで、通りで耳を傾ける。
野鳥が市街化したというか、我らが彼らの居住域を侵しているのか。
かつての山裾はすっかり住宅地に開発されたが、昔からある鎮守の森はさすがに維持されて、鶯の声はそちらから聞こえてくる。

お向かいの建て売りは燕さんがお気に入りの玄関の形をしていて、夫婦はさかんに品定めしている。
「今年の宿はどちらにしようか」
宿主さんの優しい心遣いを願いつつ。

井戸端談義

鶯のそこに來てゐる立話

毎朝の光景。

お向かい三軒のママ友たちが一時間以上も立ち話している。
今日は西風に乗って、八幡さんの杜の鶯がいちだんと大きく聞こえる日だが、それは耳に入ってないらしい。

門前小僧

初鶯法華法華と経知らず

遅ればせながら、初音を聞くことができた。

しかし、盛んには啼くものの、「ホーホケキョ」の「キョ」がまだ出せないらしい。「ホーホッケホッケ」と繰り返すばかりであった。
先輩に習って、もう少し勉強して出直してこいと声をかけてやった。

機嫌良くお願いします

先住の鶯巡り来る団地

ポストから朝刊を取り出したまま聞き惚れている。

あの、桐の花のある森と住宅地の境界あたりで谺するようによく聞こえてくる。
この住宅地は山を切り崩して造成したものだから、鶯にとっては人間たちはとんだ侵入者なのだが、まだまだ緑が多く残されているせいか、機嫌を損ねずに唄ってくれているようだ。

今年はずいぶん早い時期から鳴いていて、ますます喉には磨きをかけていそう。夏にはさらにいい声を聞かせてくれるだろう。

電線上の声楽家

いりあひの杜の鶯ひとしきり

またまた「いりあひ」である。

夕刊を取りに出るとあの「帰りましょう」放送。
ゴーホームどころか間もなく夕暮れだというのに、鎮守の森からは鶯の声が絶えない。もう「老鶯」といっていいくらいの鳴きっぷりでこの先が楽しみである。
最近は、名前からはほど遠く山中にまで進出しているという「イソヒヨドリ」も電線などによくとまっていて、毎日実に佳い声を聞かせてくれる。鶯が鳴けば競うようにイソヒヨドリも鳴く。ともに素晴らしい声楽家である。

和む音

鶯のほどよき距離のをちこちに

縄張りを張り合ってる声じゃないようだ。

適度な距離と時間ををおいて代わる代わるに鶯が啼いている。切羽詰まった感じではないので、聞いているこちらを和ませてくれるのがいい。
久しぶりにのんびりとした一日だった。