精神統一

寒の水擦りて滲める硯かな

家人は書道をやるが、どうも墨を擦るところを見たことがない。

墨汁を使うようである。
学校で習ったときは、墨を擦るのも書の一貫で、心を澄ます大事な時間であると教わったものだが、今はすっかり変わったようで書道教室でもそうしているらしい。
同じく書をやられるskyblueさんは墨擦り派?それとも墨汁派だろうか。

この時期に書とくれば、硯の海にたっぷり注ぐ寒の水があってこその俳句。
おもむろに構想を練りながら、とっておきの墨を擦るのもいかにも寒稽古らしい。

“精神統一” への4件の返信

  1. 大きな書展に出すぐらいになれば毎回墨を磨るかもしれませんが手習いなので私も墨は磨りません。
    あくまでも練習、墨磨りに時間をかけられません。

    でも本来、書の目的は墨磨り時間も大事なお稽古の一つだと思います。
    例え墨滴であってもその静謐な精神は失いたくないものですね。

    たまには心に余裕を持って墨の香りを楽しみながら墨痕鮮やかに一筆を下ろしたいものです。

    1. 匂いではどうでしょうか。墨汁にも香りはありますが、墨を擦るという行為を通して、段々墨の香が増してくるのもいいものでした。
      賀状返礼に久しぶりに小筆を持ちましたが、とても人様に見せられる字ではなかったです。

  2. 書、いいですよね。できる人、やってる人が羨ましいです。
    自分もカミさんも書とは無縁、子どもたちもみな金釘流ばかり。
    パソコンやスマホで字も書かない。キーボードたたくか指でなぞるかで書けもしない漢字が出てくる。便利というか頽廃というか。まあそんな世の中ですねぇ。

    1. 短冊にさらさらと書けたらどれだけいいか。想像しただけでうっとりしますね。
      句会では字には相当気を遣います。ちゃんと清記してもらわないと台無しなので、いつもより時間をかけるようにしてるのですが。

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