連帯

戦禍の報馴れてはならじ春愁ひ

たどたどしい通訳の日本語に気を取られていた。

ウクライナの大統領スピーチはもう少し過激なことを言うかと思っていたが、意外に淡々としていてふだんから勇ましいことを言っている人たちを失望させたかもしれない。
ともあれ、ウクライナの戦禍は三週間をこえ、プーチンは進展せぬ戦果に焦ったか市民への無差別攻撃へと変わってきた。
誰も止められないプーチンの戦争。自滅を待つしかないのか。
その間にも万、いや何十万、何百万という人の命が失われてゆくのか。
戦争が長引けば経済はもちろん、我々の暮らしも無事ではすまなくなるが、彼らと連帯し自分の国で自由に生きられる権利を守るためにできることとはなんだろう。
少なくとも今起きている状況をしっかりと記憶にとどめておくことだ。

第七波

副反応なきワクチンの春愁

三度目のワクチン。

無事に終えて帰ってきた家人だが、今回は一日たっても発熱はおろか、倦怠感、患部の痛みさえまったくないらしい。高齢者は若い人たちに比べて副反応が少ないというのは定説だが、まったくないというのも効いているのかどうかも疑わしくて困ったことだと思う。
第六波のピークを過ぎての接種もばからしいが、この波が完全に収束する前に第七波に突入する可能性があるとなれば無駄にはなるまいと期待するほかない。

うつつを抜かす

災厄の府市を隣に春愁

当県54、対して京都68.

何だ、この数字は。人口比にして大きすぎる。
明らかに当県の感染者は大阪由来と断定していい。
遊びに行くところも、うまいものを食わせるところもない当県の人たちが隣の大阪へ出かけるのは当然であるし、何よりも当県は大阪のベッドタウンとなっているのだから。
冒頭の数字から言えることは、京都の人は大阪に出ないということの証しでもある。
早々と緊急事態宣言を終了させて府市一元化にうつつを抜かしている間に逆襲を受けた格好となった。こうなることは誰の目にも明かであったにもかかわらず。
国民に我慢だけを強いる対策でウィルスを克服できるわけはない。無症状者をあぶりだし隔離、撲滅しか解決の道はないのは明らかである。

解禁ムード

春愁のただなかにゐる会議室

密閉、密集、密接の三条件。

この論理積がもっとも危険といわれて、電車に乗るのも怖々。
すでに通勤の必要がなくなって、用事もなければ電車に乗ることもないが、どうしても出かけなくてはならないことはある。
会議室ではマスクをして隣と距離をおきながら、静かに話したりとか最新の注意を払うが、それでも常にウィルスの脅威を感じている。
学校が新学期より再開されるというので一気に解禁ムードが出てきたが、これを戒める研究者もいて来月の句会を再開すべきかどうか悩むところである。
個人的には、この「西浦・北大教授「助けてほしい」解禁ムードを危惧」というニュース記事を重く受け止めたい。

Time flies

春愁や血をあらそへぬ宿痾もて
はらからと同じ宿痾の春愁

遺伝的体質というものだろう。

めったに電話してこないので珍しいと受話器を取れば、長患い覚悟の入院の報だった。
たまたま毎月の通院日にあたったので、用心のため来月の精密検査を予約する。
十年、二十年の長さのあっという間と実感するなか、訃報のニュースの享年も自分の齢とだんだんと近くなってくると、自分もそれほど遠くない将来にはと思えるのだが、どこかでそんなことを考えるのを避ける自分もいるのだ。
こんなことを繰り返して一年、十年はたちまち過ぎ行く。

あのときの電話が最後春愁ひ

人生に悔恨というものがある。

もちろん、そんなものなどないと言う人もいるだろう。
いくつかある「悔い」のなかで、毎日のように心の隅でつぶやいているものがある。
学校を点々として親友というものがもてなかった僕にも、中学高校にわたって互いの家を行ききしたりして深くつきあうことができる友ができた。高校以降は別々の道を歩んだのだが、男とのつきあいなんてあっさりしたもので、帰省のおりなどたまに会おうかという具合でべたべたしたものではない。
ところが、人生の苦境に面したときなど何も言わずとも誰よりも心配してくれて電話やら、忙しいにかかわらず直接上京してあれこれケツをひっぱたいてくれて、元気をもらったものだった。

そんな気持ちの底でつながっているような関係が突然崩れたのは40代半ばのことだろうか。
ある春の夜何年ぶりかで電話がかかってきて、しばらく入院していたが無事退院したので会いたいと言うのだった。
僕も全国を飛び回っている仕事なのでその途中にでも寄るよとか答え、その後しばらく忙しさにかまけて忘れてしまっておるのだった。

ところが、ある日奥さんから彼がなくなった知らせを受け取って目をうたがった。
入院と言ったってそんなに重い病気とは夢にも思わなかったのだ。むしろ、商社の仕事で無理に無理を重ねた体をしばらく休めさせるにちょうどいいくらいに考えていたのである。

大切なものは失ってからでないと気づかない。
すまなさと悔やんでも悔やみきれない気持ちが澱のように心の底に沈んでいる。

講習予備検査

春愁や免許返上迫られる
春愁やフリーダイヤルやたら鳴り
春愁や猫のあれこれ見せに来る
春愁や飲んでも顔に出ぬ家系
浦寂びて旅に春愁深うする
春愁や子に奢らるる世となつて
書き出しの筆の決まらず春愁
左利きと飯食ってゐて春愁
春愁やソースと醤油を取り違へ
春愁の腰を伸ばしてさあ帰ろ
春愁のあつてなんぼの人生よ
春愁や人差指で人を指す
春愁や檻のチーター岩隠れ

70歳を過ぎると免許更新の際、高齢者講習というものがあるらしい。

さらに、75歳に達すると講習の前に「講習予備検査」という名の実態「認知機能検査」が課せられる。
認知症患者の数は、65歳以上では推定7人に1人が、これが予備軍ともいえる軽度認知障害を含めると4人に1人という勘定になるそうである。認知症を患う確率は想像以上に高いと言え、自分がそうならないとは誰も断言できまい。
認知症というのは、努力次第で進行を食い止めたり、遅くすることが可能とも言われている。したがって、重い症状に長く苦しまないためにも、周囲の負担を少しでも軽くするためにも、成人病予防が中心になっている定期的な健診に認知機能検査を加えることはいいはずだ。
75歳時の検査を待つまでもなく、今すぐにでも毎年のチェックを受けた方がよさそうである。

句友に一人暮らしの大先輩がおられる。日常の買い物など車が必須なので、90歳近くになるまで自分で運転されていたが、さすがに心配されたご子息から諫められて、車を手放すこととなった。頭脳に問題なくても、加齢による運動能力、反射神経などの衰えは抗しがたい。
車のない生活になって行動範囲が狭くなったせいか、心なしか足腰が心許なくなっているように感じる。