原産地

貴婦人のたたずまふにや千里香

今朝庭に立つと雨の匂いに混じって強い香が鼻をさした。

沈丁花、別名千里香。
雨で一気に白梅が散ったと入れ違いに咲き始めたようだ。
名前の通りこの香りはとても強い。まして近くにいてこの香りに支配されると頭が痛くなりそうで、長くとどまっていられない気分になる。
どう見てもこの強い香は本邦のものではなさそうである。調べてみると原産地中国とあった。むべなるかな。
楊貴妃の使った香もこのような刺激の強いものであったかもしれない。あるいはかの西太后も。

嗅覚

沈丁や吐いてもあまりある思ひ

匂いが強すぎて嫌うひとは多いと聞く。

粘り着くような甘い香りはときに頭が痛くなるほどだとも。
私はさいわいに鼻が鈍いのか、庭に一株おろしてあって梅に次ぐ花として楽しんでいる。
苦手な人にとっては、この強い香りは放つと言うよりは毒を吐きまくっているような感覚さえしてくるのではなかろうか。
「あまりある思ひ」には触れずにおこう。

気付薬

停電の闇に沈丁それと知る

はっと吾に返るときがある。

考え事にふけっていても、この香りだけは特別である。
どちらかと言えば風のない日に強く匂うのだが、漆黒の闇のなかでもそれが漂ってくる方角はすぐに知れる。
その日の気分によっては、インパクトが強すぎて敬遠したくなるときもあるが、総じて気付け薬のようなレフレッシュ効果があるようだ。

車上で夜を明かす人たちに安らぎあらんことを。

艶めかしい夜

窓はなち宵夜の底や沈丁花

風のない夜、そこはかとなく沈丁花の香りが漂ってくる。

そう、沈丁花には風が禁物なのだ。
夜の底から立ちのぼってくるような香りが命。
それを風が飛ばしてしまっては春の宵の艶めかしさを味わうことができない。

東京にいるとき、10年以上も咲いていた沈丁花を剪定の失敗かなにかで枯らしたことがある。
また、あるていど育ってしまうと移植の大変難しい花木でもある。
一見強そうで実は繊細な木、それが沈丁花である。