車窓から

単線の踏切待ちや諸葛菜

県内を走る電車のうち、半分くらいは単線である。

だから、踏切で待たされる確率も低いわけだが、それでも実感としてはわりあい待たされることが多いような気がする。単線故にすれ違い待ちすることが避けられない。だからすれ違い駅の近くの踏切では遮断している時間が連続し、待ち時間が長く感じてしまうということもあろう。

今日も、踏切待ちしているとき線路脇の諸葛菜(俗に大根の花という)の明るい紫色が目に映った。

紫外線

袖たくし肘も露わに夏近し

昨日などはとうとうTシャツ1枚で過ごせるような陽気だった。

紫外線もよほど強くなったのだろう、外で2,3時間作業しただけでもう腕の日焼けがひどい。
明日からまた強い日差しが戻ってくるらしい。

あまり早くから暑くなると、この夏が猛暑にならなければよいがと気がかりになってくる。
なにしろ関電の発電事情が逼迫するというのだから。
まさか、関西に来てまで計画停電になろうとは誰が予想したであろう。

花から花へ

腹這って見えてくるもの紫雲英畑


当地の田や畑ではようやくゲンゲ(れんげ)が咲き始めた。

遠くから一面に広がった薄紫の畑を眺めるのもいいが、たまにはしゃがんで、あるいは腹這って花の一つ一つを間近でみると新しい発見があったりして面白いものだ。
この日も、花をアップで撮ろうと近寄ったら、いるいる、働き蜂君たちがぶんぶん飛んでいて蜜を集めるのに余念がない。お腹の辺りに花粉球がついてるが、見えるかな?
本格的なマクロレンズでもあれば背景をうまく整理できるのだが、これはこれで十分に別の世界を切り取っていると思うがどうだろうか。

夏に向かって

蘊蓄をかたむけ亭主の花水木

街に花水木が賑やかに咲くようになると東京の家が懐かしくなる。

メインツリーとして20年以上我が家の顔だった花水木が満開を迎えると、ご近所の人や通り過ぎる人から賞賛の声をいただいたものだった。
今でこそ花水木は街路樹に庭木にとポピュラーな存在で、各種の栽培品種も出回っているが、当時ははなびら(実際には花弁ではなく総苞片)が小さな薄赤色のものしかなかった。
ただ、元来樹形が円錐形に整いやすく、葉よりも花のほうが先ということもあってこれが枝いっぱいに花をつけるとさながら春のツリーという風になり、遠くからでもはっきりと認められるのであった。

その花水木の足下には芝桜やらサツキやらカルミアやら、これから5月連休にかけて賑やかな日々がやってくる。

菜の花もどき

芥子菜が半ばを占める河原かな

とくに関西以西の河原に多いという。

西洋芥子菜。
食用としての芥子菜は弥生時代に渡来したものらしいが、それが野生化したのが西洋芥子菜だそうである。
最初見たときは、菜の花、つまり油菜かと思ったが、よく見れば葉や花にボリューム感が足りない。
遠目では分からないが、近づいてみると「?」となる。
時期的には菜の花が4月初旬頃におわるとすれば、こちらは一月くらい遅れるようである。

関東地方の河原で、もしも菜の花のようなものが群生していればそれはセイヨウカラシナかもしれない。

汐吹き

床濡れるほどに砂吐く浅蜊かな

今ではアサリやシジミというのは、スーパーで買うのが当たり前となっている。

この時期になるとうまいアサリの汁を食いたくなるのだが、うちの嫁さんときたら、流通が複雑で本当の産地というのがよく分からないという理由ですっかり買ってこなくなった。
たしかに、三重産と書いてあっても最後の袋詰めしたのが三重であって、そいつはもしかしたら半島からの輸入物かもしれないのだ。
産地はともかく、複雑な流通のせいか、ぷっくらしたアサリなりシジミというのは最近は滅多に口に出来なくなったのは事実である。それに、真空パックみたいな袋詰めされ息も絶え絶えのアサリなどとても旨そうには思えない。

大粒のアサリをバケツ一杯収穫しては包丁を差し込んだ金盥で砂吐きさせるのだが、床がすっかり濡れるほど盛大な飛沫がとんだ昔の光景が懐かしい。

葦始生(あしはじめてしょうず)

一畝の芽掻き終えたる穀雨かな

平群の特産・小菊の新芽がいっせいに吹き出したようだ。

数人の農婦が畝の手入れをしている。
不揃いの新芽を整えているのだろう。
今のは多分二ヶ月くらい先の出荷だろうから、盆、秋彼岸とピークにむけて時期をずらしながら畝の準備がされるんではなかろうか。このあたりは、観察を怠ってはならない。

今年の穀雨は実は昨日、穀雨を使った句を詠もうと思っていたのに当日はすっかり忘れていた。