おくどさん

笹鳴きの導くままに宮参り

自転車ではなく今日も散歩が続く。

王寺側の大和川堤防を歩いていたら、こんもりした森の中を移動していく笹鳴きがある。
声に誘われ森の入り口に廻ったらそこは式内久度神社とあった。

調べてみると八世紀には既にあったようだが起源は定かではなく、平安京移転の際平野神社に移されたという。
関西で「おくどさん」というように、竈の神様。

ただ、どう考えても腑に落ちない点がある。
というのは、このあたり王寺駅を中心とする一帯は三方の東から北、西へと大きく迂回する大和川に囲まれており、古代には洪水の度に陥没してしまうような低地にあるからだ。まして堤防際の、つまりかつては河原の延長のようなところに竈を祀る社を置くとは到底思えない。
どこか謎めいている神社ではある。

新薬師寺

神将のおはす本堂飾りかな


十二神将像で知られる新薬師寺へ。
本尊の薬師さまを加えるとそれだけで国宝13体。豪勢なことである。


干支の守護神前で。

門前には十市皇女を祀った比賣神社と歌碑があった。

河の上の ゆつ岩むらに草むさず 常にもがもな 常をとめにて・・・・・十市皇女(万葉集1-22)


皇女は天武と額田王の娘。大友皇子に嫁いだわけだが、壬申の乱は婿と父との戦であった。

実は今日の目的は隣にある奈良市立写真美術館であった。
知人から、昵懇にしておられる仏像切り絵作家Nさんの個展があることを紹介されたからだ。
昨年秋に倒れ現在リハビリ中という、昨日届いた知人からのメールには大変驚いたが、パソコンに入力するだけで大変な労力を要するといいながら送ってくれたメールからは、電車に乗れるようになったらいつものように必ず奈良に行くとの強い意志をくみ取ることができた。
Nさんにそのことを伝えるために訪問したわけだが、作品をみて驚いた。とても十年前に始めたとは思えない緻密なワークなのである。グレーがないので黒地とそれを切り取ってできる白だけで表現する世界。とくに指の微妙な影と光が印象的だった。
下絵は描くものの、どこを削るかが悩ましいというお話しを伺ったときには、俳句とまったく同じ世界だと思った。
溢れる思いや言葉をいかに濯ぎ削ぎ落とすか。短詩系の醍醐味でもあるが、めったに味わえないものでもある。

彷徨う

手袋や散歩復路の電車にて

伝説の龍田と思われる関西本線三郷駅周辺を散策。いきなり駅舎の横に能因法師の歌碑があった。
光の具合か肉眼でも読みにくかったが。

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川の錦なりけり・・・・・能因法師

同駅から現在の龍田大社に向かって100メートルほどいくと神南備神社があった。


神南備とは神のおはすところという意味で、丘の南端麓に置かれる。
ということは、この杜に続く尾根をたぐっていくと三室山(みむろ、みもろも神南備と同義)に到達することになる。
ここを辿ってさらに留所(とめしょ)山まで登れば難波と大和を結ぶ古道龍田越えらしい。
ここで難波へ向かう人を送ったり、あるいは向かおうという旅人自身の歌が数多く残されている。

同駅から西方向へ50メートルほど、住宅団地入り口に、

我が行きは七日は過ぎじ龍田彦ゆめこの花を風にな散らし・・・・・高橋虫麻呂(万葉集巻9・1748)

犬養孝博士の書だそうだ。

ところで、「神南備」だが万葉集には龍田の神南備だけで10首はあるらしい。
虫麻呂歌碑からさらに西へ50メートルほどいった線路際に磐瀬の杜公園が移されてあり、中に一首。

神南備の岩瀬の杜の呼子鳥痛くな鳴きそ我が恋まさる・・・・・鏡女王(巻8・1419)

なにやら源氏博士のコメントもいただけそうであるが。

このあと、龍田の滝があったと思われる亀の瀬方面へ行こうと思ったが時間切れ。おまけにくたびれたので三郷駅から王寺駅まで一駅電車で戻ることにした。
このあたり一帯はまだまだ探索する必要がありそうで、もう少し暖かくなったら峠越えの道を探そうと思う。

美人の肌

蝋梅の病みたるまでに肌透けて

和風の家の玄関先に蝋梅が咲き始めていた。
開いたばかりとみえて香りは届かない。花弁は一様に上向き気味で、透過光が眩しいくらい。

暦は寒に入ったが、やがて早梅も顔を見せてくれるだろう。

ぶるっ

零下二度名に負ふ盆地の小寒かな

昨夜の9時頃には既にクルマのウィンドウが凍っていた。
もちろん今朝はどの家の屋根も霜で真っ白である。

大和盆地では冬型気圧配置が緩む朝は降りるということをローカルニュースで知って、今日あたりはと覚悟していたら案の定である。
寒さはともかく、常に厚くて黒い雲が流れピリっとした快晴がないのは関東とは大違いで、日向ぼっこといういかにも気持ちよさげな季語にはいささか遠いところかもしれない。

本家龍田大社

風神の社静もる5日かな


きょうの散歩は三郷町龍田大社を組み入れる。

正月五日ともなると参拝するひとも少なく、冷たい空気がぴーんと張りつめている。
ここは崇神天皇が祀らせたという大層古い神社で、風神の神様が主神。大和盆地を風水害から守ろうとしたのだという。
当時は難波と大和を結ぶ国境にあったとされているが、土砂崩れなどで今の場所に移されている。

斑鳩には龍田神社があるが、これは山背以下太子遺族がことごとく自害したのを悼み、特別に斑鳩の地にいわば分社の形で移されたものといわれる。
したがって、紅葉伝説の竜田川は今の竜田川(実際は平群川)ではなく難波大和の国境付近を流れていたはずだという。
そういえば今の竜田公園や周辺のなだらかな地形も含めて紅葉が特段名所という風には見えないのも合点がゆく。

河原

ダッシュの子励ます姉の初凧かな

凧一枚 上げる姉妹の シルヱット

娘たちが帰る今日、寒さが戻ってきました。

河原では幼い姉妹たちが凧揚げに興じています。
糸を持つ妹と凧を捧げ持つ姉。
おぼつかない足取りでダッシュする妹とアシストする姉。
その光景には微笑ましいものがありました。