浮いてこい

かいつぶりあらぬところにあらはるる

カイツブリの潜水時間は意外に長い。

感覚的には30秒くらい潜っているように思えるときもある。
そうなると、いくら目を凝らしていても、ここら辺りかと待ち受けているところには浮かばなくて、まったく予想もしないところにポッカリ出てきて驚かされる。
潜水が長いということは、それだけ餌を探している時間が長いわけで、カイツブリにとっては望むところではないだろう。
今度目撃したら、早く浮いてこいと声援を送ろうと思う。

冬の通り雨

登校の列の乱れて初時雨

朝起きたら、どうやら時雨が通り過ぎていくらしい。

登校の子供たちが、集合地点からまちまちに家へ戻るのは雨が降り出してきたらしいと分かる。やがてとりどりにカラフルな傘をさして戻ってきた。
目を盆地にやれば、中央部から東部にかけて時雨が通過しているようである。いわゆる冬の通り雨である。
関東にいるときはめったに時雨というものには遭うことはなかった。もし佐藤春夫が東男だったら「しぐれに寄せる抒情」も生まれなかったかもしれない。冬季からっと晴れることはまずない京都はじめ当地だからこそ珍しくなく見られる現象で、だからこそ歳時記にもとりあげられたと言っていいだろう。
いまだに、歳時記は京都を中心とした近畿の四季に応じた事物や行事などが多く、近代になって幅広い季語が採用されるにいたったが、歳時記の中に多く採用されているさまざまな年中行事がいまだに守られてきているのはやはり近畿だと思われる。長く関東に住んだ人間には、想像することさえ難しい季題というのはハードルが高いものだ。

野鳥の警告

水湛へ餌場となせる冬田かな

「冬期湛水」という。

冬から春にかけて田に水をはっておき、雑草を抑えたり、稲藁などを使った肥料、堆肥効果が期待でき、また春耕の手間を軽減するなどが期待できる。
水を張ったままの田を「冬水田んぼ」といい、開発によって失われた湿原の代替として渡り鳥などの餌場とする運動も行われている。
この農法を積極的に展開している例として、近畿では福井県若狭町の冬水田んぼ農法などがあるようだ。

昔から雁は「かりがね」とも呼ばれ、各地に飛来しては人々にも馴染みが深く和歌にも多く詠まれてきた。ところが、明治維新後、乱獲や経済活動の拡大による開発によって絶滅寸前にまで追い詰められ、今また地球温暖化によって生息環境も脅威にさらされようとしている。
雁が見られるのは北日本を除けば日本海側に多く、温暖化で中継地、越冬地とも北限が上がっているとも聞く。ただでさえ観察する機会が少ないのに、生息地がピンチとなれば淋しい話だ。

呑気にみえて

そぼ降りて羽撃ちしてみす浮寝鳥
浮寝鳥周遊船の波こなし
渡し場の跡と伝えて浮寝鳥
大淀の湾処たのみて浮寝鳥

「浮寝鳥」。水鳥の中でも蹼をもった部類のイメージがあるがどうなんだろうか。

鴨の動きなど見ていると、じっとしているように見えて実は水面下では足を動かしていることが多い。
浮寝とは顔を羽の中に突っ込んで、まるまったまま寝ているように、ただ浮かんでいることをいうが、動物のことゆえほんとうに寝ているわけではあるまい。天敵から身を守るためにも、不寝番役を仰せつかったのもいるはずで、果たしてどれがそうだろうかと目をこらしても分からない。
みな眠っているようでいて、雨など降っていればときに立ち上がるように羽撃ちするすがたを目撃することがある。

湖、川などを想定しての習作。まだまだ推敲が必要だろう。

白赤黄と

赤黄と狭庭万両実千両

寂しくなった庭に赤と金色の火が点ったようだ。

南天の根締めに千両、万両を植えているが、どれも赤だと面白くないので、黄千両にしてみた。
ようやく、実をつけるようになった今年、南天、万両の赤に負けず、堂々とした金の粒だ。
どれも長く実をつけたままでいてくれるので、縁起ものの実の代表が勢揃いした感じ。
さらに、その先を見るとびっしりと柊が白い花でなかなか派手やかである。

交換インク予備ある?

数へ日のシアンのインク黄が灯り

数え日というにはまだ早いかもしれない。

先生なら通信簿つけて学期末の雑事に終われる頃か、サラリーマンなら世渡り上の忘年会も一段落、懸案の案件もどうあがいてもどうにもならず持ち越しと腹をくくる頃か。あるいは、賀状が元日配達されるかどうかの瀬戸際にある頃から、無意識にせよ感じる年の瀬のせわしなさをいうのかもしれない。
その点時間がたっぷりある毎日が日曜派となれば、数へ日とは無縁。主婦なら別だろうけど。

それにしても、プリンターのシアンのインクがどんどん減ってゆくのが気にかかる。交換インクの予備は合ったっけ?

戸惑っている

言葉なく鹿煎餅を売るマスク

奈良公園の風の吹きっさらしで鹿煎餅を売っている。

煎餅を買うのはたいがいが外国人のせいだからかどうか、売り子はおおむね無口である。
へたすると、客の顔もろくに見てないのかもしれない。
そう言えば、概して奈良の人は静かである。ものを売るにも大きな声を張り上げるのをみたことがない。隣県に賑やかな都市があって、それとは好対照をなしている。何をアピールするということもなく、どちらかというとなにかにつけて「待ち」の姿勢なのである。
ただ、奈良らしいところはちゃんとあって、どこかの古都のようなよそ者への警戒心もあらわでなく、来るものは拒まない点であろうか。

急な観光客増も、喜ぶというよりは戸惑っている、というのがいまの奈良なのかもしれない。