症状

新涼や母は少女の世界にて

一緒に暮らしてみてはっきりと分かったのだけど、認知症は思ったより進んでいた。

元気がいい日は寝ないように頑張っているので、その間は家人が話し相手を務めねばならない。
毎日毎日、子供の頃の話の繰り返し。そのかわりここ数年どころか、今日のこと、さっきのことまですっかり記憶から消えている。辛抱強く相づちを打ったり、話題を変えてやったり、なるべく辛いことから遠ざけられるように。

今朝は25度を切り随分涼しかった。
そのせいか今日はとくに元気がよくて、朝から心は少女時代に遡っていた。

気持ちの問題

駐車場蔭より埋まる残暑かな

大きな病院の駐車場。次から次へと入庫して8時ですでに三分の一ほどが埋まってる。

よく見ると、木陰ができるサイドから順に埋まっていくようだ。
むろん日が高く昇れば、木陰などすぐに移ろってしまうのは明白なのだが、人間の心理というのは面白い。

風のない朝

外来の受付の列秋に入る

仕事先の大きい病院に着くと、窓口風景は母親が入院していた病院に似ていて妙な錯覚を覚えた。

すきっと晴れた朝、次から次へと到着するバスから吐き出される人が、めいめいの科目別の受付に並ぶ。
介助が必要なひと、付き添いのひと、若い人もけっこういる。
待合室で時間待ちするあいだいくつかの句を詠んでみた。

冷やす

深井戸に腕白あつまる西瓜かな


かつて夏の井戸というのは天然冷蔵庫であった。

あの暗い底にトマトや甜瓜、西瓜を投げ込み冷たい井戸水で冷やすのだ。
西瓜が放り込まれると、西瓜などは滅多に食えるものではなかったので、今か今かと気をもみながら何度ものぞき込んだものだ。
子供の頃の記憶をたどると水面にぷかぷかと浮かんでいる赤や黄、緑の色が鮮やかに浮かび上がってくる。

暑い日が続くので今日、マイファームの西瓜を試しに収穫してみた。
というのは受粉後毎日の最高気温の累積が1、000度になったら食べ頃らしいのだ。雨の日もあるので平均25度としても40日後収穫してよい計算になる。
直径は30センチに満たないが重さ8.8キロの堂々たるもの。
理由はよく分からぬが、ものの本によると2,3日寝かせてから食するものらしい。

味の方はまたあらためて報告することとします。

もう虫が

僧侶来て香煙いよよに地蔵盆

地蔵盆というと全国的には8月下旬頃というのが一般的で、あれを見ると「ああ、夏休みももう終わりだ」としみじみしたものだった。

そう、「地蔵盆」は秋の季語である。
ところが、今日斑鳩の町を走らせていると、同じ通りに立て続きに賑やかに飾られた地蔵盆が行われているのを見た。
もともと陰暦7月23,24日のものがそのまま陽暦7月23,24日に行われているらしい。
「奈良 地蔵盆」で引いてみると確かに当地では7月に行われることが多いようである。

暦の上でも体感の上でもまだまだ夏なのであるが、実は梅雨明けの3日ほど前から家の裏の空き地で虫が鳴き始めている。日を追う毎にその数を増やし、「スイーッチョン」「スイーッチョン」と涼しげだ。
季節の入れ替わりというのは、そんな風に一度に訪れるのではなく前の季節と後ろの季節とがない交ぜになりながら、混沌とした状況のままいつのまにか新しい季節になっていくのだろう。
もう晩夏と言っていい頃だ。夏の句を詠めるのもあとわずかである。

年に一度

七夕や母の手借りて飾り付け

季語「七夕」は秋のものである。

なぜなら、本来の七夕伝説にちなむとそれは陰暦の7月7日であるからだ。
なんでも陽暦化するならいの中で七夕といえば今では陽暦7月である。

陽暦7月といえば列島は梅雨本番の真っ盛り。これでは牽牛と織女が年に一度の逢瀬も楽しめないのは道理のことで、陰暦ならば今年は8月24日、処暑のころといえば空もだんだんと澄んでくるであろうし、神様もそこまでは意地悪ではないのである。

ところで今日の句だが、幼稚園で作ってきたのだろうか、お向かいの女の子が願いをかけた短冊を、母親におねだりして一番高いところに飾り付けてもらっていた。

意外な穴場

人知らず平群の里の雑木紅葉

平群の里を長く東西に山がはさんでいる。
生駒と松尾山だが、向き合った雑木たちがこの時期黄紅葉の妍を競っている。
幅広い里とはいえ離れすぎてもいないのでなにしろ眺望が開けており、視野の左右いっぱいのキャンバスに秋の色彩が広がるのはなかなか他には見あたらないだろう。
近鉄生駒線、クルマだと168号線だが、これらの車窓から眺めるのがまたいい。
ただ、このような広大なパノラマも大阪や大和盆地からは当然隠れて見えない。
近場で意外な紅葉の穴場である。