あの三月僕らはガスが落ちただけ
特別な三月である。
あの年は、実際にその時代に生きていた人にとってはさまざまな記憶があろう。
私にとっては、震度5を検知してガスが一時的にシャットダウンしただけで、電気も計画的停電がしばらく続いたとはいえ、全く遮断されたわけじゃない。
命の危険があったわけじゃない。
ただ、あの惨状をマスコミを通じて眺めるしか能がない自分に地団駄を踏むしかなかった。
今もこうして毎朝命をいただいていることに感謝することしかできない。

めざせ5000句。1年365句として15年。。。
あの三月僕らはガスが落ちただけ
特別な三月である。
あの年は、実際にその時代に生きていた人にとってはさまざまな記憶があろう。
私にとっては、震度5を検知してガスが一時的にシャットダウンしただけで、電気も計画的停電がしばらく続いたとはいえ、全く遮断されたわけじゃない。
命の危険があったわけじゃない。
ただ、あの惨状をマスコミを通じて眺めるしか能がない自分に地団駄を踏むしかなかった。
今もこうして毎朝命をいただいていることに感謝することしかできない。
芽柳の枝ふれあうて風誘ふ
遠目にもあをむ一本柳かな
芽柳を手にとって見ると、すでに花芽をつけているのに驚く。
柳の花とはイメージがないが、考えてみると、植物である以上たとえ目立たなくても生殖のための器官があるのは当然であろう。
だが、NHKのチコちゃんではないが、「ぼーーっと」生きてると柳にもそんなことがあることさえすっかり頭の外にあるものだ。今度見かけたら、どんな風に咲くものなのか、とくと観察してやろうと思う。
軒瓦連なる路地の丁子かな
どの家も立派な軒瓦である。
家並みが統一されて、狭い通りに向き合うように軒を並べている。
路地とは言え、電線が地中に埋められているせいか狭くは感じない。
昔商家だった家には駒繋ぎの金輪が錆びたまま残され、それを見ただけで時間は百年より昔にワープしてしまいそうな感覚を覚える。
屋根からの日射しが高くなって、路地に日が当たる時間が伸びてくると、軒先に置いた鉢物が目が覚めたように生き生きとしたようで、沈丁花もようようと開き始めたようである。香りはまだ浅いが、そのうち路地いっぱいに甘い香りが立ちこめてくると、春本番である。
人寄せて止まぬ椿の大樹かな
こういうのをつらつら椿というのだろうか。
五メートルはあろうかという椿が、日当たりの良さもあってか、上枝と言わず下枝までびっしりと花をつけている。箒の掃き目も新しい根元の地面には真っ赤な花が散りはじめているが、まだまだ咲き続ける勢いを感じる。
山茶花の花期も長いが、椿もこうしてかつ開きかつ散りながら春のど真ん中を進んでいるのだった。
ここを通る吟行子はみな感心して見上げてるのだが、当日はこの光景を詠んだものは少なかった。
小子もこの光景を前に二、三十分腕を組んでいたが、いまだにうまく詠めないでいる。キーワードは今書いた数行の中にあるのだが、うまく言葉として醸成されてこないのだ。
鋸の音のもるる素屋根のお屋根替
どこかしらお屋根替ある大和かな
お屋根替万余の瓦積み上げて
昨日の寺内町の中心はもちろん寺である。
それが大きな素屋根をすっぽりかけられて、遠目にもよく見える。
遠くから見ると異様な白さだったので、最初は重文建築群としては変だなと思ったのだが、近寄ってみてこれからも何年も掛けて大修復する工事の養生の素屋根と分かって納得した。
わずかな隙間から内部を伺うと、大屋根にはすでに何千という瓦が積んであって、これから屋根葺きが始まるのだという。作業している人のランチ時間に尋ねると、完成時期はまだずっと先だと言うことであった。
興福寺金堂再建といい、薬師寺東塔の大修復といい、奈良はいつもどこかで大きな修復が行われる県でもあるようだ。
片寄せて春塵拭ふ玻璃戸かな
今日はかつての環濠の町、一向宗の拠点ともなった寺内町の吟行である。
飛鳥川が大きく蛇行して東から北へ向かうところにある今井町は、信長との長い戦を経て赦免され、その後商業を中心に大きく栄えてきた。往時をしのぶ建造物は今も守られて、重文指定された豪商の館などが多く残っている。
建造群全体が保存地区に指定されているので、新改築にも厳しい基準が課されているので、町並みが揃って美しい町である。
だが、句材としては、町の中よりむしろ周辺に多く散在し、思った以上の数が得られた。
たとえば、濠の一部が復元されて浄化された水が循環しているようであるが、水辺には菖蒲や葦の芽生えも見られ、まさに水温む光景を堪能したり、椿の大樹の見事な咲きっぷりにみとれたり。
短い時間に思うとおりに詠めないのが吟行というものだが、温めていればいつか芽を出すこともあろうかと胸にしまい込んでおくとしよう。
照らすなく逝ける初雷なりしかな
今日は雨で終日家にいた。
窓を閉め切っているので、大きな音では聞こえなかったが、たしかに一回だけ雷が鳴った。
いかにもこの時期らしく、昼日中でもあるし、光って教えるということもなく、まるで試運転でもしているかのような、控えめな雷さまである。
歳時記によると、立春から初めての雷を言い,だいたい桃の節句頃、啓蟄の頃だということから別名「虫出」とも言うそうである。ま、今年は平年並みと言うことか。暑さ寒さも平年並みにしてもらいたいものであるが、さてどんなものか。