寒禽の車に落とす白いもの
駐車中の車のなぜか同じ場所ばかりやられる。
烏なのかヒヨドリなのか。
とにかくちっちゃな鳥ではなさそうな量である。
燐を含むというからボディの塗装膜を痛めるというから見つければ洗い流すしかないが、ここでも洗っても洗っても落としてゆくものとのいたちごっこである。
餌の少ない冬を越せるかどうかは鳥たちにとってはむろん死活問題であるが、落とし続けることが生きる証となる。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
寒禽の車に落とす白いもの
駐車中の車のなぜか同じ場所ばかりやられる。
烏なのかヒヨドリなのか。
とにかくちっちゃな鳥ではなさそうな量である。
燐を含むというからボディの塗装膜を痛めるというから見つければ洗い流すしかないが、ここでも洗っても洗っても落としてゆくものとのいたちごっこである。
餌の少ない冬を越せるかどうかは鳥たちにとってはむろん死活問題であるが、落とし続けることが生きる証となる。
園丁の袋逆さに寒肥す
業務用の大きな袋から直接庭木の根元に施肥している。
石灰と一緒に寒肥しているようだ。
寒肥は袋の文字から油粕と分かる。
本当は発酵したもののほうがいいのだろうが、まだ寒の内だから生のようである。
だんだん暖かくなるにつれ発酵が始まって春にはいいかげんになるのである。
そう言えば、家庭菜園が得意の渓山さんは生糠だと言っていた。土に混ぜ込んでやればこれも二ヶ月もすればいい肥料になるのだろう。
梅とか柿とか、花や実を楽しむものには今が寒肥の季節である。
あいにくここしばらくは雨模様ときたが。
ショッピングカート二人で曳いて春隣
空も山もすべてが霾るように曇っている。
景色はもう春である。今日から大寒というのにである。
スーパーマーケットまで買い物に行く途中そのことにしきり話がおよぶ。
ようやく、大峯や高見山が冠雪した景をみせてくれるようになったばかりと言うのにである。
風も強くて立春はまだだが春一番と言ってもいいくらいである。
今週の予報も暖かい日がつづくと言うし、早咲きの梅の便りもちらほら聞こえる昨今である。
自治会の議題にのぼる寒鴉
当自治会のあまたあるゴミ集積所のなかで、特定のものだけが鴉の被害になっている。
そこは人があまり通らない、言わば生活の場所からも死角になってポイントであるらしい。鴉は頭がいいとは言うが、野良の生きもの全般にとって生きていく上での当然のことなのであろう。
場所を変えるとなったら、それはそれで住民の間でもめることは避けられないし、結局鴉との知恵比べしかなさそうである。
そういう問題が今日の幹事会で話題になり、もはやネットをかぶせるだけの対策では防げないので、試みにブルーシートで覆ってみることが決まった。どこまで効果があるかは分からないが、様子を見ていくしかなさそうである。
悴みて和竿をしぼる床几かな
カーボン全盛の時代であるが、竹沢の趣は捨て難いものがある。
「和竿」、すなわち竹の釣り竿のことである。
高価なこともあって、もう趣味の領域を超えている。
最近はヘラブナ釣りくらいでしかお目にかかれない。
最近はカーボン竿もよくできているので、釣り堀で和竿をみかけたらよほどのこだわり人だとみてよい。
当地へ越してくるとき、海のない県ということで釣り竿セットはすべて処分してきた。たまには海へ行きたいと思うのであるが、
勧請の雄綱をつたふ寒の雨
勧請の縄目しみゐる寒の雨
この頃になると、稲淵や栢森集落の勸請縄が掛け替えとなる。
まだ縄目も新しい縄に今日の寒の雨がしみて、集落はいっそうしずもっている。
いくそたび免許書き換へ日脚伸ぶ
運転歴50年以上だから、10回以上は免許更新してきたことになる。
高齢者講習は事前に済ませているので当日の講習は免れるが、それでも行列につく時間の方が相変わらず長くもはや難行である。考えるに一月生まれという人が身近にも多く感じられ、毎年この時期は行列の列も延びるのではなかろうか。
ともあれ、更新されるたびに己の写真が老け顔になってゆくのであるが、試験場を出るときにもまだ明るくて日脚がひと頃よりずいぶん伸びたことを実感するのである。
たしかに、冬至の頃は高見山方面から昇った日の出が、今朝ではすっかり東寄りになって東山中の竜王山のほうにまで動いているのだった。「日短」がわずか二週間程度で入れ替わったことになる。
あと半月もすれば立春。この暖冬ではすでに春隣という趣さえある。