とりとめのない話

菊の日の茶飲み話の余生かな

今年は10月7日が旧暦9月9日。

つまり、重陽の節句であるが、菊酒を飲むでもなく、高きに登るわけでもなく、いつも通りの時間を家人と過ごすだけである。
この日は高きに登って長寿を願う日であるわけだが、延命措置はしてくれるななど、いつものとりとめのない話に終止して、幾病かを抱えながら老いていくのみである。

一見の価値

夕月の刃蒼みてすさまじき

びっくりするほど鋭い。

触れれば指が切れるような凄味を帯びている。
夜になるとやや黄味がかかってやわらかい月に戻るのだが、この時期の夕月はもう冬の冴えの様相を見せ始める。
明後日が後の月で旧暦九月十三日、十三夜である。今宵は十一夜であるが十分に美しい。
しばらく立ち止まっていると、露がまといつきそうなほど夜は冷えてきている。
長時間は見てられないが、十三夜は台風の影響があるかもしれないので一見の価値のある今夜の月である。

伝統守る店は

新蕎麦の熱をくぐればかほりたつ
新蕎麦の切る音拾ふラヂオかな
割箸を割くももどかし走り蕎麦
岩峰の里に一ㇳ日の走り蕎麦
旅の誌に載らぬ店有り走り蕎麦
新蕎麦の熱き蕎麦湯の好ましく
山降りて温泉の身のほてり走り蕎麦
相席で困ることなし走り蕎麦

新蕎麦が待ち遠しい頃。

なかでも旅先で食った、思わぬ店での思わぬ味の蕎麦が記憶に生々しい。
それは、蕎麦の味だけではなく、出汁の加減であったり、座敷の佇まいであったり、お通しのその地方のものであったりと、さまざまなものを伴っているのが普通で、「うまいなあ」と思った店はやがてテレビなんぞに出て有名になってしまうと二回目に行ったときにはがっかりすることもあるのだけど、やはり伝統の味を守っている店が今でも頑張っていると聞くとまたまた出かけてみたくなる。
上田、あるいは小諸、どちらの店も健在だろうか。

藷の天麩羅

痩藷をひとつあまさず掘りにけり

葉が枯れ始めたので試しに藷を掘ってみた。

なんのことはない。実が生った証ではなく、たんに生育が悪くて枯れてきただけなのである。
探せども探せども、期待した大きさの藷は出てこない。芋けんぴくらいにしか使えないような細い藷がちょこっと採れただけである。
毎年ひと冬で消費する程度の収穫があったのだが、この冬は大好きな藷の天麩羅が食卓にのる頻度は激減しそうである。

過熟

柿の実の知らずおほかた落ちにけり

いつの間にか柿が熟してしまってみな落ちてしまった。

暑さにやられて葉が相当傷んでいたのは知っていたので、数も少ないことだし、全然期待しなかったこともある。
実と言えば、多くが落ちているうえ、木に残ったものでもおおかたは成熟しすぎで、こうなるともう鳥にやるしかない状態である。

選曲ジャンル

行秋やこの日集ひて明日去る身

グリークラブ仲間とのカラオケは別格の楽しさ。

横浜から、福岡から、そして米子から数十年ぶりの顔ぶれが大阪に集まった。
たいして酒を飲めない男達の集まりと言えば女性ほどにはお喋りの時間はもたず、ごく自然に昔の遊び、麻雀とカラオケ三昧。
カラオケのジャンルも同世代、グリークラブOBとくればいろいろな曲が飛び出してもたいして選曲には違和感なく、歌うにつけ聞くにつけ盛り上がる一方。こんな楽しさは当地へ越してきて初めてのことであった。

勝ち点

野分なか闘球場の昼灯す

昨日は近鉄東花園駅が臨時停車するなどして分かるのだが、花園ラグビー場でW杯の試合があったようだ。

おりから台風が近づいているということもあって、空模様が怪しい。夕方の試合なのでちょうど雨が降る予想時間帯となっており、昼間から競技場のライトが点いているのが電車からも見える。
今日の新聞ではフィジーとジョージアの試合だったようだが、各ブロック予選も半ばとなって、これからは勝ち点をめぐる熱い闘いとなりそうでいよいよ面白くなってきた。
日本対サモアは明日の予定。ここでしっかり勝ち点4、できるなら5を稼いでほしいところ。しっかりテレビで観戦するとしよう。