大伯の見た馬酔木

車窓過ぐ目に捕らへたり花馬酔木

どこだったか、車のハンドルを握っていて赤い花が房のように垂れ下がる馬酔木が見えた。

馬酔木といえば大和に縁の深い植物で、昔から各地で自生しているといわれる。歌、つまり万葉歌にも十首詠まれており、なかでも大伯皇女の「磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに」は哀切極まりない。
ちなみにその十首のうち馬酔木の花を歌わなかったのはこの大伯の歌だけらしく、昔から馬酔木とその花は切り離せない関係であるようだ。大津が処刑されたのは秋10月で、その直後に大伯が都に戻っているので、「咲く」ではなく「生ふる」とは秋に花芽を付ける馬酔木をその道中で見て詠んだものかもしれない。

天の磐船

しなやかは強靱に通ず雪柳

梅の名残をと大和民俗公園に行った。

ここは郡山の矢田丘陵麓にある公園で、外周部分が2キロほどある園内には大和各地の特徴を伝える民家を移築したものや、いわゆる「国中(くんなか)」(盆地部分)の稲作、「東山中」といわれる大和高原の茶業、吉野産地の林業の昔を伝える県立民俗博物館があり、なかには昭和30年代頃まで使われていたような農具なども展示されていたので大変懐かしいものがあった。

一方園内の植物はといえば、生憎今にも雨が降りそうな曇り空で写真の出来は今一歩だったが、小彼岸桜はじめいろいろな草木が一斉に芽吹いたり、開花しているのを目にした。近畿の桜前線は特別早いわけでもなさそうだが、それでも今週末には開花するとか。着るものが毎日のように変わったりして、大変めまぐるしくついていくのは大変だけど、生き物に生命をもらえるような気がする恵みの季節だと思える。

ここしばらく、古代のことについて本などを読んでいて、天の磐船で知られる饒速日命(にぎはやのみこと)が三本の矢を放って落ちたところを住まいとせんとした場所があるのでいつか訪ねようと思っていたのだが、実は公園のすぐ近くにあったことを帰宅してから知ったのだった。二の矢が落ちたところに「矢田坐久志玉比古神社(やたにいますくしたまひこじんじゃ)」があり、その数百メートルしか離れていない南北に一の矢塚、三の矢塚がある。さらには、その三の矢塚のあたりが卑弥呼の宮殿跡だったと郡山市が主張しているのだが、最近の学説ではちょっと分が悪いみたいだ。
矢田坐久志玉比古神社は物部一族ゆかりで、楼門には航空祖神として戦前の戦闘機のものらしいがプロペラが掲げられている珍しい神社だそうで、日を改めてお詣りしてみようと思う。

蝶のリズム

かつ滑りかつ跳ねてをる黄蝶かな

一匹の黄蝶が飛んできた。

紋白蝶に比べ黄蝶のリズムはやや早く、木の周りを回ったかと思うと、草の上を上下に飛んだり、なかなか一カ所にとどまろうとはしない。やはり暖かくなってきたとはいえ、まだまだ蝶の止まる草木が少ないのだろう。

野の花

小さ児の背伸びしてをり仏の座

仏の座がイヌノフグリと並んで元気な花を付きだしている。

名は「仏の座」でも春の七草に含まれるホトケノザとは別種である。また姫踊り子草に似ているが、ホトケノザの花が直立した花を突き出すように咲くのに対し、姫踊り子草は葉の陰で咲く。河川敷とか野は今ホトケノザが真っ盛りを迎えているようだ。
表紙の写真は仏の座。

中央が姫踊り子草、その後ろが仏の座です。
姫踊り子草と仏の座

滑舌よし

初鳴やほぐしてをりぬ土の塊

畑で畝を立てていたら初鳴きを聞いた。

初鳴きにしてはこの子はなかなか滑舌がいいようである。去年聞いた子などはあまりにもたどたどしいものだから、思わず「へたくそ!」とヤジを飛ばしたものだが、この子はもうとっくに何日も前から鳴き始めていたのだろう。しばらく佳い声を聞かせてくれたが、やがて竹林の奥の方に消えたようだ。このあたりをテリトリーにしている子だろうから、明日また聞けるだろう。

大の字

犬のまりころがる原の土筆かな

まだ早いかなと思いながらも、堰堤を注意深く見ながら歩いてみた。

すると、あの土筆が顔を出しているではないか。さらによく見ようとしゃがみ込んで見ていると犬を連れたご婦人が話しかけてくる。
「何かありますか?」
「ああ、土筆ね」
「ここらは犬がおしっこしたりするから食べられないよ」
たしかにおしっこだけでなく、うんこの始末さえしない飼い主がいると見えそのまま雨風にさらされているのが転がっている。

たくさん生える場所ではないし、べつに採取するつもりもないのだが、こういう堤はせめて何も気にしないで大の字になって寝転がれる場所であってほしいと思う。

来た、来た

燕の返すや遠く去りにけり

黄砂騒ぎが収まって久しぶりに歩いてみた。

来たわ、来たわ、春が。
燕は飛ぶし、川柳が芽吹くし、堤防では土筆が顔を見せた。
花粉なんか気にしていられない。どんどん外へ出て春を満喫しようではないか。