新しき声色聞こゆ今日の虫
毎晩涼しげな声が聞こえてくる窓辺。
今日はいつもと違うゆったりしたリズムの声も加わって、昼間はともかく夜にはいよいよ秋なんだなあという思いを強くする毎日だ。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
新しき声色聞こゆ今日の虫
毎晩涼しげな声が聞こえてくる窓辺。
今日はいつもと違うゆったりしたリズムの声も加わって、昼間はともかく夜にはいよいよ秋なんだなあという思いを強くする毎日だ。
DMを開けば秋の気配かな
店の装いはもう秋冬物だ。
手許に届いたアウトドア用品の店からのDMにも購買意欲をそそるカラフルなものが踊っている。年に一回着用するかどうかというケースが多いのだが、つい誘われて買ってしまう悪い癖は直りそうもないが。
新涼や朝より混みし髪切り屋
ひとの考えることは同じなんだろうか。
ちょっと涼しくなたから、さらに頭をさっぱりしようと、それも朝の涼しいうちにと出かけたはいいが、行きつけの床屋はもう行列できるほどの混みよう。何のためにきたのか分からなくなったが、とりあえずその場は離れることにした。
新涼や鏡に居住まい正しをり
朝晩ははっきりと涼しくなったのがわかる。
これを「新涼」と言っていいのかどうかよく分からないが、少なくても肌にまとわりつくような不快感も相当緩和されて、みなりにも多少は気を遣う余裕も生まれてきた。このまま順調に秋に向かっていくといいが。
年齢とともに親しむ南瓜かな
最近は南瓜がうまいと思うようになった。
家人があの自然の甘みをたっぷり含んだ南瓜のうまみをうまくスープにしてくれるので、最近加わった好物である。とりわけ、今年は畑で成った南瓜の出来がいいらしく甘みが凝縮していて絶品だ。
南瓜というのは最近初めて知ったのだが、包丁で断つには相当な力がいる。普通の家庭では1個消費するのは大変なんだろう、スーパーで売られているのは半切りとか四つ切りにしたもので、使いやすくしているらしい。
今回はまた「宿儺南瓜」(すくなかぼちゃ)といわれる、糸瓜のような形をしたのをいただいたので楽しみである。
平城の杜に願いの大文字
寄り道をして見逃してしまったイベント。
交通整理のお巡りさんに道順を尋ねたら、30分くらいで燃え尽きてしまうので今日はもう無理だろうと言われた。
若草山の南に位置する高円山は平城京跡からもよく見えるらしい。神事や会式は春日大社参道近くの「飛火野」でおこなわれるが、遠くからの眺めも案外いけるかもしれない。
箸の四肢あちこち向いて瓜の馬
物の本に拠って、新盆のために瓜の馬をお供えした。
足は本来「苧殻」(おがら)を当てると言うことだが、既に売り切れていたので割り箸で我慢してもらうことになった。ただ、足をつけるのは意外に難しくて、前後左右のバランスが悪いとうまく立つことができない。当の本人の工作の点数は実は悪かったのではないかと大笑いした。