ボツ

異国語の混じりさざめく花堤

今月のまほろば句会は散々な結果。

主宰選の結果が届いたがすべての句がボツ。こういうときはめげるんだよね。
ま、終わったものはしょうがないから顔を上げて出直しだ。

白鳳の創建

奥山の菩薩に捧ぐ糸桜

室生の大野寺の桜がテレビで紹介されていた。

室生寺の北の大門といわれる寺で、創建は白鳳9(681)年というから相当なものである。ここの磨崖仏は有名だが、気持ちが室生寺に向かっているとどうしても通り過ぎてしまいがちな場所にある。
次回はゆとりをもって出かけて、しっかり拝見しなくては。

乾通り

花に疲れ人に疲れて通り抜け

皇居の乾通りが開放されて多くの人が押しかけたようだ。

開放期間の5日間はちょうど花の満開時期にもぶつかり、手入れされた桜はさぞ見応えがあったに違いない。ただ、映像を見る限りでは花波よりは人波のほうがすさまじく、「人が多くて疲れた」というインタビューコメントもむべなるかなである。

とは言うものの、自分も以前のように関東に住んでいたならばせっかくの機会だからと駆けつけていたに違いないが。

地の利

日の暈をかざし一本桜かな

又兵衛桜
大宇陀の「弘法大師の岩清水」を汲みに行くついでに、「本郷の滝桜」(又兵衛桜)まで行ってきた。

満開を2,3日ほど過ぎた程度だが、この2,3日が猛烈に寒かったせいかまだまだ十分に楽しめるボリュームがある。人手が多いのでカメラアングルを探すのも一苦労するが、それもまた楽しい。
桜ばかりに気をとられていると気づかないのだけど、足下の河原(ロープが張られて立ち入り禁止になっている)には土筆がいっぱい。タンポポもいるし、犬ふぐりも萌えだした草原に点々と星を散りばめている。
桜の後ろに控える桃も花が開き始めて彩りを添えている。

すばらしい花が見られて、うまい空気もいっぱい吸えるところが車で1時間ほどのところにあるという、まったく地の利に恵まれて幸せなんだろうと思う。

題材

深よしののさらに深きの花疲

あらためて桜にちなむ季語は多いと思う。

ここ数日桜ばかりの句を詠んでるが、桜前線を追っていけば毎日のようにでも詠めるのではないだろうか。花にも咲きはじめあり、満開あり、散りはじめあり、落花あり。ひとところにとどまっても色んな角度から詠むことができるし。
なかなか奥深いところがあって、これはと思えるようなものにはなかなか巡り会うことができてない。日本人の精神構造にも深く関わりのある題材だけに、客観写生に徹した作句の力を養うには格好のテーマというものなんだが。

花見

花嵐歓迎会の日延べされ

新入生、新入社員の季節だ。

週末とあって夕べあたりは、各地で新人歓迎を兼ねた花見が繰り広げられているだろう。ところが、昨日のような激しい雨風に見舞われると野外の花見どころではなかったのではないか。
急遽場所をかえ室内に切り替えたところもあったろうし、人数が多くて結局延期となったグループもあったのではないだろうか。

いずれにしても、この時期は天気が不安定で「花冷え」があったり、「花嵐」に見舞われたりする。天気もまた静心ないのだ。

家から見える光景

遠桜日ごとに山の満ち足らふ
たけなはの花の端山を司り

2階の窓は遠くの桜がよく見通せる。

近くでは八幡さんの森に混じって、遠くでは大和川対岸の丘の上一面に。どれもが昨日あたりが満開になったようで、それまでの数日間薄桃色の花が日に日に嵩を増してゆくのが手に取るように分かるのだ。普段はそこに桜の木があることなどまったく気にもかからないが、この時期だけは別物のように心を捉えて放さないのである。

夕べの強い雨、そして今日の強風があだとなり多くを散らしてゆくのだろう、今日はいくぶんやせ細ってきたようにも見える。まもなく花が終わり代わって新緑が目を射るようになる。