温かき雨夜の音に冬立ちぬ
意外に温かい雨である。
暦では今日から冬と言うことになるが、町は今紅葉の盛りで息をのむような美しさである。このような街の紅葉が素晴らしい年は何年ぶりであろうか。
とくに、唐楓と言うのだろうか、これが奈良の街路樹に多く使われており、紅葉時のいまだ緑の混じる時期が最も鮮やかで目を引く。
築40年くらいたったと思われる大きな団地では、これに紅葉や桜や花水木が加わって遠くに行かずとも楽しめる。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
温かき雨夜の音に冬立ちぬ
意外に温かい雨である。
暦では今日から冬と言うことになるが、町は今紅葉の盛りで息をのむような美しさである。このような街の紅葉が素晴らしい年は何年ぶりであろうか。
とくに、唐楓と言うのだろうか、これが奈良の街路樹に多く使われており、紅葉時のいまだ緑の混じる時期が最も鮮やかで目を引く。
築40年くらいたったと思われる大きな団地では、これに紅葉や桜や花水木が加わって遠くに行かずとも楽しめる。
鷹の輪の点となりゆく国の原
地鴉をいなして鷹の舞ひにけり
それは住宅地の上に悠然と現れた。
大鷹のようである。
地上は風もなく素晴らしい秋日だが、上空の風をとらえてゆうゆうと輪を描いている。
地上が枯れてくると狩がしやすくなるのだろうか、鷹は冬の季語とされている。
真上の当たりに来たとき、地上から真っ直ぐ鷹に向かってまるでスクランブル機のように一羽の鴉がかかってゆく。
平原の王者は、煩いやつと関わるのを嫌うように大きく輪を描きながらもさらに高度を上げて平群の方へ向かって行き、やがてその点も溶けるように消えていった。
自宅周辺で大鷹を目撃するのはこれで二回目だが、これも郵便局への軽い散歩の褒美かなと思う。暑いときなどつい車でとなるところを、ちゃんと自分の足で踏ん張って立てばこの目、この耳、この鼻を使って四季の空気を思う存分吸うことができるのだから。
のけぞりて猫にあらがふ枯蟷螂
みぃーちゃんがカマキリをいたぶっている。
目撃するのはこれで今年二回目だ。
みぃーちゃんの繰り出すジャブに、これでもかと背伸びし翅を大きく広げファイティングポーズをとっている。
さっさと飛んで逃げればいいのだろうが、もうそのような力はないほど弱っているのではないか。そういう意味ではすでに枯蟷螂の域に達してる初冬の姿であろう。
みぃーちゃんの楽しみを奪うようだが、カマキリの一生を全うさせてやるために隣の空き地に逃がしてやることにした。
春荒や砂噛むやうに腰うづく
起こしても起こしても倒される。
今日はそんな強い風に翻弄される一日であった。加えて時折雨が激しく叩きつけてきて、最後はもう倒れたものを起こすのは止めてしまった。
これからは、風雨災害のシーズン、コロナ騒ぎに加えて百年に一度の災害が加わったら果たしてこの国はどこまで耐えられるのであろうか。加えて、非常時に国民の命を守れない政治によって命を落とすのではやりきれない。
節分の靄にそばだつ大鳥居
節分の若草山の靄がくれ
今日は節分。
盆地は朝から遠霞がかって、あるいは黄砂かと思うほど濃いものがある。節分はおろか立春すらすぎた気がする。
靄のせいで金剛山や葛城山、二上山など周囲の山は立体感を失って単なる平板なシルエットしか見えてくれない。
山焼きが終わって下半分が末黒野となっている若草山は、午前中こそ薄ぼんやりとみえたのが夕方には靄の奥に隠れてしまった。
通りかかったすぐそばの三輪山の大鳥居は、靄に包まれているとはいえいつもの黒々とした威厳をかろうじて保っているようだった。
三寒の夜半の半月そぞろ醉
今日あたりで三寒か。
ということは明日あたりから四温となるか。
夕方見事な半月が中天に昇った。
最近は多くは飲めなくなって、缶麦酒ひとつあけたらそのあとはノンアルコール缶でお茶を濁したりして。
薬喰のほろ酔いの足もとを月が照らしてくれる。
おずおずと前歯で検し薬喰
寒餅搗きを兼ねた新年会。
見事な鹿肉の差し入れがあって、これが癖もなく意外にうまかったのだ。
肉は赤身がかって、存命なりしは山野を走り回っていた若い肉体をしのばせる。
猪肉や鹿肉などいわゆるジビエ料理が人気だが、今ひとつ好きになれないまま敬遠していた自分がいる。
ただ今日は、せっかく持参してきてくれた好意をおもんぱかって一口前歯で様子を見させたら、これが意外にいけるのであとは奥歯の出番とばかり、相当な量をいただいた。
ところで、奈良公園は柵がないので、保護すべき天然記念物の神鹿と野生の鹿をどう区別するのやら分からないが、最近作物被害がひどいと言うこともあって周辺の野山で駆除されているものがある。
県自体がジビエ料理を推進していることもあって、猪や鹿などちっとも珍しくなくなりつつあるが、そうなると希少性が薄れたジビエ人気というものがやがて褪せていきはしないか。そんなことも頭をかすめるこのごろである。