蛮勇

前日に現地入りせる日永かな

もうそんな時期ではなかろう。

「日短か」という季語で読んでも決しておかしくないのである。
この「日永」というのは、やはり三春のうちでも初春、仲春の端境ころが一番雰囲気が合いそうである。
それより前だと、「日脚伸ぶ」の感じがまだ残っており、後であれば「日短」「短夜」を使いたくなる。

出張先で、相手が訃報とか、急に本社に呼ばれたとかの急用ですっぽり時間があくことがある。
その日のうちに帰れるとか、そうでなくても勝手知る場所なら途方に暮れることはないのであるが、初めての土地にぽんと放り込まれたりしたら。
この際ついでだからと観光を決め込む蛮勇もいいが、いずれにしても昏れるまでの時間はとてつもなく永く感じるものだ。
掲句は逆に、ちゃっかり前日までに現地入りして午後を楽しもうというのだが。
さて、現代ではこんなことしていたら、上司や部下に睨まれるに違いないか。

ポリ袋の日

鶯の声や月曜ゴミ出し日

しばらく聞き惚れる。

今が一年で一番鳴いてくれる季節だ。
ポリ袋をゴミネットに放り込んで、通りで耳を傾ける。
野鳥が市街化したというか、我らが彼らの居住域を侵しているのか。
かつての山裾はすっかり住宅地に開発されたが、昔からある鎮守の森はさすがに維持されて、鶯の声はそちらから聞こえてくる。

お向かいの建て売りは燕さんがお気に入りの玄関の形をしていて、夫婦はさかんに品定めしている。
「今年の宿はどちらにしようか」
宿主さんの優しい心遣いを願いつつ。

居付き

家着きのかはづ飛び出す如雨露かな

いったい何年目なんだろう。

庭の片付けをしていたら、空の鉢からもそもそと小さいものが出てきた。
毎年庭にいる、というか来るというか、雨蛙である。
ときによっては、土色に擬色してみせるが、今日は緑色のほうが強めである。
春になって、あちこち葉っぱが出てきたから、そんな環境に合わせたのだろう。

前にも書いたが、こいつはいきなりの水のお見舞いは苦手のようだ。如雨露の水にあわてて逃げ場所を探そうとする。なるべく迷惑をかけたくないが、植物たちには水が必要だし、なるべくそっと水やりすることになる。

一時は大小各一匹ずついることもあったが、ここ二、三年は一匹しか見ない。
庭が夏仕様に変われば、彼にとっても少しは住みやすくなるかもしれない。
連休の頃までには終わるだろう。

捨てかねる

弾くことの絶えて春逝くギターかな

今は故人となった友の遺品だ。

貧乏学生が使っていたギターだから、たいしたものではないはずだが、これが意外に音が良い。さんざん練習でこき使ってボロになったからと、お払い箱になって私の手許に來た。その後しばらくは練習に励んだものだが、社会人となっていつの間にかケースにお蔵入りしたままとなった。
ながく押し入れに眠っていたのをすっかり忘れていたが、還暦を目前にして彼が亡くなり、この引っ越しにも捨てるに捨てられずまだ手許にある。

半世紀も昔、フォークソングが一世風靡し、ギターを弾けるものは羨望の眼差しを受けたものだ。
もっともポピュラーなものでは、「禁じられた遊び」で、ギターをやるものなら誰でもチャレンジした曲だ。
もうそろそろ捨てどきと思いつつ行きかねるギターである。

穀雨の頃

爪ほどの翅野の花に蝶たたむ

しじみ蝶というのだろうか。

ごく小さな蝶が、これもまたごく小さな野の花に翅をたたんでしばらく動かない。
揚羽蝶、これは夏の季語、時期的にまだ小さいが、これも飛び始めて、山椒の若芽や蜜柑の若葉のまわりを周回している。
はやくも卵を産みつけているようで、孵ったばかりの小さな幼虫が葉にしがみついているのもいる。
庭は、これからゴールデンウィークにかけて、雑草取りやら植え付けやら、なにかと忙しい。

染め分け

素封家の塀なき法のつつじ垣

大地主の家のつつじ垣に目を奪われた。

南面する斜面の家は塀囲いもなく、法面全体に大つつじの群落が紅白さまざまな色に染め分けて満開だ。
ことしはつつじだっていつもより早めのようである。

当地では、葛城山頂のつつじが有名だが、機会をみてと思いながら行ったことはまだない。

柳絮の才

雨降れば暴れる川の柳絮かな

実際に映像でしか見たことがない。

柳絮というのは文字通り柳の花が絮となって空を舞うものをいうが、まさに遠目には雪が降るみたいに空中を漂うことがあるらしい。
柳といえば、川柳。上高地の安曇川河畔の柳を思い浮かべる。
あれほどの数があれば、どの木からもおびただしく一斉に川の上を絮が飛んでゆくシーンを想像する。
柳といっても、よく見る類いの枝垂れ柳ではないらしいので、川柳なら飛ぶのではないだろうか。

山に詳しい渓山さんなら、上高地で目撃したことがあるかもね。

ところで、「柳絮の才」とは、文才がある女性のこと。
晋の王凝之の妻の謝道蘊が、子供の頃降る雪を白い綿毛がある種子の柳絮にたとえた詩を詠んで、文才をたたえられた故事からとっている。
さしずめ南天女のことをいうか。