香を待つ

花柊猫だけが知る通り道

あのギザギザの葉の下を抜けて隣家から猫が出入りする。

太めの猫だが、体を低くしてくぐるようだ。
柊は今年も花をいっぱいつけたようだが、まだ開ききっていないせいか、匂いはさほどまだ強くない。

花が咲き始めたら、次は香りを待つことになる。

限りある輝き

御造替なつて本朱の冬日かな

丹塗りの句は先に詠んだが、再チャレンジ。

本朱とは硫黄と水銀の化合物からなり、時間の推移とともに渋味のある色に変化するので「神さび」の趣を強くするとされるが、本朱だけを使うのは春日の本殿だけという。一般には、鉛入りの鉛丹や酸化鉄を含むベンガラなどの顔料が使われるのが一般的である。
水銀の使用は世界的に見ても厳しい制限があり、過去60回休みなく続けられてきた式年造替のためとはいえ、塗料を確保するのはより厳しいものがあろうが、何とか伝統を守継いでもらいたいものである。

白鷺城の白漆喰同様、まっさらな白や赤を目にすることとができる時間は限られている。今のうちに目に焼き付けておきたい。

これも冬迎え

フレームの朝に見つけし花芽かな

急に冷え込んできた。

朝の最低気温が3度と聞いて、庭のものを片付けることにした。
大方は部屋に取り込んだが、外に残したものには霜除けをかけてやったり、ビニール温室におさめたり。

マニュアル通り、先週吊した柿を揉んでほぐすことも忘れない。ついでに、ジャムにすると言うので姫柚子というのだろうか、花柚子が今年は小さな実をいっぱいつけたのを収穫。
朝は冷え込んだが、今日は気温も上がって終わった頃にはいい汗を掻く一日となった。

街道染めて

紅葉して大和名の山ことごとく

ちょっとした山にも由緒ありそうな名がついている。

それがことごとく紅葉に彩られて、盆地をどこに行くのも楽しいこと。
大和三山は当然として、桜井に至って左は三輪山、そして右手は鳥見山、さらにその先外鎌山。
やがて初瀬街道狭まりゆくところは朝倉宮跡。長谷の与喜山から吉隠に駆け上がる街道沿いの刈田も、いい色をして飽きさせることはない。
榛原の句会は、その道行きもまた楽しい。

乾いた雨音

朴落葉雨を確かむたなごころ
朴落葉打つ雨音の乾きゐし

まるで草履のように大きい葉である。

これが目の前に落ちていて踏むのをためらっていると、雨が降り始めたようだ。
手のひらを返して受けるようにしてそれを確かめると、間違いなく大木の枝をすかして落ちてくる雨がある。反り返るようにして形をとどめていた朴の落葉が乾いた音を返しはじめた。
葉を踏まないように避けながら通り過ぎることにした。

酒の神

神鶏の斎庭に遊ぶ神の留守
大杉玉掛け替へなって神の留守

神鶏は石上神宮、大杉玉は大神神社。

14日に大神神社で全国の杜氏・酒造家が集まって無事な醸造を祈願する酒まつりが行われ、その前日には大杉玉が掛け替えられた。
酒造家は神社からいただいた杉玉を軒先にかける。
「うまざけ」は三輪にかかる枕詞で、三輪さんは酒の神さま。境内の巳さまには酒と生卵を捧げてご利益を願う。

山辺の道・正暦寺は今紅葉が盛りだが、ここは清酒発祥の地として知られる。

水に恵まれない大和なので、今でこそ大量には生産されないが、王権が集中した往時にはおおいに生産・消費された酒王国であったはずである。

短い旅

わにの海跳んで終りの神の旅

風が強くなって逆波、白波が出ることを兎が跳ぶと言う。

因幡の白兎は、鰐をだまして海を渡ろうとしたが、途中でばれて皮を剥かれてしまい、大国主命に救われる。
この話を知っている人なら、隠岐の島に向かう海に白波が立つと、まさに兎が海を渡るようにも思えて、ここは鰐が棲息する海なのだと教えられても少しもおかしくは思わないだろう。

隠岐の島の神々は、八百万の神の中でも旅程が短くてつまらないと思うだろうか。