老醜など

おのが老悟りきったる背蒲団

「せなぶとん」。と言っても今は知る人も少ないだろう。

我々世代だってちゃんちゃんこなら知ってるが、「背蒲団」なんて着たことないし、まして「負真綿(おいまわた)」などは見たこともない。
上着と下着の間に入れた「負真綿」がのちに進化して、袖無のように羽織るようになったのは、現代版で言えばさしずめユニクロなどで売られている極薄の「ダウンベスト」だろうか。
背蒲団は綿入りの薄い蒲団を背中に背負えるように紐をつけたもので、背中の曲がり掛けた老人にはぴったりくるものだ。

ユニクロファッションを老いも若きも何の衒いもなく、気取らずに着られるようになったいいご時世とも言えるが、若い人だってパジャマ兼用風トレーナーで平気で街に出てくる時代だ。ファッションから恥じらいというものが失われた現代では、背蒲団で外出したところで、だれに遠慮があろうか。いや、意外に若い人には最新ファッションに見えるかもしれないぞ。

生徒らに知られたくなし負真綿 森田峠

に触発されて。

手向山冬紅葉

管公の腰掛石の散紅葉

ただの石や木なのに、有名人が座ったり、掛けたりすると、いかにもそれらしくなる。

腰掛け石だの鞍掛、笠掛松というわけだが、奈良手向山八幡にも管公腰掛け石なるものがあって、脇に管公歌碑が建立されている。実際には小さな鳥居とともに正面に祀られているのが歌碑で、腰掛け石は脇にある小さな石だ。
管公と言えば梅だが、ここには頭上は立派な山紅葉だ。勿論管公歌碑にある、

このたびは幣も取りあへず手向山紅葉の錦神のまにまに

からきているわけだが、ここは半日陰とあって長く紅葉が楽しめるが、誰となく賽銭を置いていく人があるのか、その賽銭にも紅葉が降っているのだった。

奈良町の蔵元

うかと出て師走の街は定休日
蔵元とあつて酒粕完売す

奈良町の名だたる観光名所が定休の月曜、ある路地に小さな酒蔵が営業していた。

奈良町のど真ん中ゆえ、まさかここで酒を造っているとは思わなかったのだが、路地に面した格子には「新酒出来ました」だの「酒粕年内分の予約完了」の貼り紙がしてある。
酒造りというのは注文を受けてから始めるのではないので、あらかじめ決めていた計画に従って仕込んでいくのだろうから、人気があるからといって急な増産には応じられないのは当たり前だが、その酒粕が予約販売されていて、しかもそれがひと月も前に完売というのだから、よほどここの酒粕を気に入っている客が多いのだろう。

酒が飲めず、どちらかと言えば苦手な家人なので、滅多に粕汁や酒粕鍋にお目にかかることがないが、冬ともなると焼いてほくほくのこいつを、砂糖をまぶしておやつ代わりに食べた昔が懐かしく思い出された。

補)あとで調べたら醸造元は春鹿というものらしい。
ホームページにある醸造元がオーナーの「今西家書院」というのが隣地にあって、室町初期の書院造りという重文らしいが、ここも月曜日は定休。
急ぎ句会場へ向かう途中でゆっくり拝見できなかった蔵元や書院は、また別の機会に再訪してみよう。

The last leaf

本坊の一葉残れる紅葉かな

今日は久しぶりに随分歩いた。

十二月恒例の奈良町吟行は、興福寺を経て浮見堂で鴨、かいつぶりを観察。ここで一時間費やしてUターンし奈良町を下る。JR奈良駅近くの会場まで、万歩計にしたら1万はおそらく歩いたろう。
いつものように材料はいくらでも転がってはいるが、なかなか句の形にはなってこずイライラは募るばかり、会場についても苦吟悶々して締め切り時間ギリギリの投句。

幸いにも評を頂いたもののうちの一つが掲句である。
吟行とはいえ、今日は必ず一つは「冬紅葉」を詠もうと自分に課していて、通りかかった興福寺本坊とある意外に小さな坊に見つけたものである。
しかも、桜古木の文字通り「最後の一葉」で、高校の文化祭にオーヘンリーの「The last leaf」の英語劇をやったことが急に蘇ってきて、妙に去り難く一句絞り出すことができた。

馴染みの景色が

虫害のマーキングされ冬木立

虫害で見るも無惨に立ち枯れた木が並ぶ。

この数年猛威をふるっている楢枯にやられた木々を伐採する目印だと思われるが、葉が落ちて見通しよくなった林にテープでマーキングされているのが目立つようになった。
里山によくある楢や椎の仲間だから珍しい木ではないが、これまで木の実をいっぱい降らせたりして森や林に恵みをもたらしてきたであろう大木が、軒並み被害にあって馴染みの景色がすっかり変わってしまうのを目の当たりにするのは淋しいものだ。

格好つけてらんない

烏とて命継がねば木守柿

見事な柿花火である。

熟しきった柿に集まるのはたいてい雀とか小鳥、大きくてもせいぜい鵯だが、今日は珍しく貪るように烏が群れている。
考えてみれば雑食性の烏だから、べつに柿の実を食べていても全然不思議ではないのだが、何となく違和感というか、似合わないような感じを受けた。
広い公園を我が物顔に威張ってる烏だって、やはり命を継ぐためには格好つけずに食べられるものなら何でも口にするのだ。

端境

鹿寄せに客の寄り来る古都師走

今は恒例となった年末の飛火野の鹿寄せが始まった。

師走ともなると観光の雑踏も一段落するせいか、集客の目玉にしようと春日参道脇で、ホルンに集まってきた鹿たちに団栗をふるまうのだ。
大仏殿は相変わらずの人混みだが、寒くなると、あの広大な奈良公園を横切って春日の方まで行こうと思う人も少なくなるのではないだろうか。現に、筆者自身もそうであり、何かイベントでもないかぎり近鉄奈良駅から20分以上もかけてあのだらだら坂を行く気にはなかなかなれないものだ。
今は御造替関連イベントもだいたい終わったことでもあり、中旬のおん祭までの期間を狙って鹿寄せは続く。