薄暮点灯怠らず

痛ましき事故の現場や秋の蝉

もうかなり標高の高いところだが蝉の声がする。

国道169号線というのは奈良市に発して吉野から川上村、北山村の隘路を這うようにして新宮に至る道路だが、川上村から下北山村の境界は台高山地と大峯山地を結ぶ鞍部のようになっていて、複雑なループ型のトンネルなど険しいルートとなっている。
先日そのトンネルの一つで火災事故に発展した事故があり、3人が亡くなったばかりである。
実際に走ってみて思ったのだが、とくに天気がいい日が要注意で、トンネル突入寸前はフロントガラスに日が差して前方が見にくく、内部がよく見えないことが多い。突入後も明るさの落差が激しくて、目が慣れるには数秒の時間が必要だ。
今回の事故もトンネル内がカーブしており、トンネルに突入した車がセンターラインを越え対向車にぶつかったのが原因だと聞いた。
衝突された車もとんだ災難だが、僕の推理ではおそらくヘッドライトを点けていなかった、あるいは出口に近いということで消していたのではないか。もし点灯していれば、いくらトンネル突入直後眩しいとはいえ対向車は気がつくはずだからである。
長いトンネルでも点灯せずに平気で走っているドライバーが結構多いが、トンネルにおけるヘッドライトの役割を十分認識してない、言ってみれば愚かなドライバーとも言える。薄暮になっても無灯火で走る輩もまた同じである。自転車の無灯火も他者からは見えにくいという意味で同罪である。
点灯は早ければ早いほど身を守る。このことを胸に刻んで命を大事にしたいものだ。

次はパラリンピック

凱旋のメダル掲げて爽やかに

オリンピックが終わった。

帰国した選手の会見が開かれているが、当然メダルをとった選手たちの表情は明るい。
なかには祖国を10代の頃から離れて孤独なトレーニングを積んだ選手が、思いもかけず銀メダルに輝いたことには感銘を覚える。
自国の甘やかされた環境ではなく、世界に成長のチャンスを求めるチャレンジ精神は賞賛に値するし、このような事例をみるにつけ経済大国だからと言って大選手団を派遣しがちな姿勢には違和感を覚えてしまうのだ。

次はパラリンピック。不屈の闘魂を見せてもらおう。

山岳道路を漕ぎ登る

爽やかに漕ぎ登りたるゴールかな
爽やかにゴールをめざすペダルかな

関西のヒルクライマーの聖地だそうである。

大台ヶ原ヒルクライム。2001年に村おこしのためにと始めた競技が大人気で、定員800名の予約がすぐに埋まるくらい。
上北山村の道の駅を出発して大台ヶ原ビジターセンターまで標高差1,240m、距離28kmを登る苛酷なレース。
車でも4,50分くらいかかりそうな狭くて険しい道をわずか1時間ちょっとで到達するというのだから、柔な自転車こぎにはとても無理。完全な上級者コースである。
帰途、コースに沿って降りてみたが、今まで通ったことがないくらいのワイドな山道。舗装はされているが、1車線分しかない狭い道、対向車がきたら下りの車は100メートルくらいはバックしなければならない。そのうえ、山側に側溝が切られているので、ハンドル操作を誤ったら車は動かなくなる。自転車族に辛いのはパラパラと落石の跡があって、うっかり乗り上げたら転倒というリスクもある。

この日も多くのヒルクライマーたちがゴールを目指して漕いでいるのを何度も追い越したが、ゴールで休んでいると彼らもすぐに到着してくる。何人かと言葉を交わしたが、2時間以上かけて登ってきたという人が多い。レベルとしてはレースにはとても無理だという。それでも、もちろん、ゴールに達した顔はどれも爽やかであった。

天国から地獄へ

滴りの唐檜の針にことごとく
ダムいくつトンネルいくつ山滴る

目的地まであと10キロほどで雨に遭った。

その雨もすぐに止んで、周りの峰から雲が湧いている。高山性の高い木もすっかり洗われて緑の葉が瑞々しい。
下界があまりにも暑いので、あそこなら涼しいかもということで大台ヶ原ビジネスセンターまで出かけた。自宅から約90キロ、時間にして2時間半ほど。川上村と上北山村の境にある伯母峰トンネル手前で分岐して、大台ヶ原ドライブウェイを上るルートだ。
ずっと登りの道だが、サイクリストが多いのには驚いた。9月の休日一日を通行止めにして、ヒルクライム大台ヶ原が行われるそうだが、正気の沙汰とは思えないほどの勾配、そして距離である。
聞けば上北山村の道の駅から2時間以上かけて登ってきたと聞いた。相当な強者でないと見受けた。
終点のビジネスセンターは駐車場も広く、サイクリストのほかハイカーもいれば、登山客も、そして我々のような涼を求めてやったきた軟弱派も。約1600メートルの台地は気温20度で、日陰で風に当たっていると寒いくらいだ。周辺を2,3時間で散策するルートがあるらしいが、ざるそばをいただいて、展示物などを見学したあと下山となる。

盆地は夕方4時と言えど気温38度。気温差18度の灼熱地獄に一気に落とされてしまった。

夏と秋の端境

暑に耐ふる畠の一畝韮の花

夏物の野菜も終盤期。

畑は夏と秋の端境にあって、ひときわ可憐な白い花をつけるのが韮の花だ。
暑さにかまけて韮畑をしばらく刈らずにおいたら、いつの間にか長い茎が伸びて咲いていたということもあろうか。

南瓜を割る

大南京前に思案の構図かな
刃が立たぬ南瓜を夫に託しけり

南瓜というのは随分固いものだ。

煮物など柔らかく食べられるので、生、とくに皮の堅さは意外なほど固い。
切り売りのものでさえ二つに割るに四苦八苦するので、丸まるの南瓜とくれば大騒ぎである。へたすれば俎ごと飛ばしかねない。
握力など腕の力が弱ってくると、南瓜を割るのも大仕事。
世の夫たちで台所に立ったことがないものがいたら、ぜひ一度試してみるがいい。
こんな怖い思いを女たちはしてきたのだと知るにちがいない。

大きな供物

大師堂真中に座して大西瓜

西瓜というのは夏の食べ物というイメージが強い。

しかしながら、秋の季語だとされている。
「瓜」が夏の季語であるので、いったいその違いはどこから来るのであろうか。
歳時記によれば、昔から七夕などに供えられるものであるからとしているが、西瓜提灯などが盆のイメージに沿っているからかもしれない。
いずれにせよ、昼灯なき暗い本堂に目をこらしていて発見した光景である。大師への信仰に厚い檀家からの篤志であろうか。