悪霊払い

打ち上げの花火と夜間飛行の灯

昨日は全国的に花火の日だったらしい。

我が町は昨日豪雨だったので今日に順延したようで、梅雨空の暗い空に煙をたなびかせながら大和川河原から10分ほど続いた。
有名な花火大会にはもちろん及ばないが、これはこれで住民サービスの一貫で、近所から次々人が出てきて見やっている。
コロナや長梅雨にあきた子供たちの歓声も聞こえて、やはり花火というのは人の心を沸き立たせるものがあるようでいくらかは慰めになったのではなかろうか。

大花火

腹に来る花火続いて大団円

いくら花火大会でも、テレビで見る花火はやっぱりだめだ。

今日は台風の影響もなく、恒例の大曲花火が中継されているが、パラパラと聞こえはしてもド〜ンという腹の底に響くダイナミズムには全く欠けて、間の抜けようったらない。
腹にずしんとくる花火というのはよほど玉が大きくなくてはならず、地方のちっぽけな町ではなかなかお目に、いやお耳に達しない。
たとえ、近寄るのは大変でビルの隙間からでもいいから、都会の大花火大会をもう一度みてみたいものだ。

10分の花火大会

風呂浴びて小さな町の花火かな

浴槽にいたら町の花火が始まったようである。

奈良は行政単位が小さいので、町主催の花火大会がいくつもある。
ふだん日程など気にしてないから、音がして初めて「ああ、今年もそういう時期なんだ」と気づくわけである。
今日は土曜日だから、明日の日曜日もまたどこかの町で花火が上がるであろう。
町の花火だから規模もせいぜい10分ほどで終わる可愛いものである。
今日も浴槽にいたから間に合わず音を聞くだけで終わってしまった。

鎮魂花火大会

花火師の影の浮かべる艀かな
開くたび海上染める花火かな
大花火果てて覚悟の渋滞へ

海の上から軌跡を描いて火の柱が登ってゆく。

太平洋の真上に大花火が浮かぶ。
歴史のある熊野鎮魂花火大会である。
昭和30年代の頃は、七里御浜の砂利浜に寝そべってゆっくり見たものだが、今は遠く名古屋、大阪方面からも見物客が押し寄せ、あの狭い町に20万人が集中するらしい。毎年8月17日と決まっているが、浜の予約席は早くから埋まってしまって、当日気楽に見物しようなどと思ったらひどい渋滞でたどりつくのさえ難しいという。

この六月に亡くなった同級生のF君は熊野出身、この日初盆の精霊供養の花火が上がるかもしれない。

墨田花火の思い出

川筋に近き花火のビル間より

一度だけ隅田川の花火大会に行ったことがある。

何十年前だろうか。
川筋の近くまで辿り着いたものの、ものすごい人混みでとても川縁には行けそうもない。
ただ、花火はごく近いのでビルの真上に揚がり、直径もビルの高さをとうに超えている。

しばらくは首が痛くなるほど顔を上げて花火を眺めていたが、やがてそれにも飽きて今度は喉の渇きを癒やすことに衆目一致したことは言うまでもない。

小さな花火大会

人呼ぶも甲斐なく果てし遠花火

夕べは町内の七夕まつりが行われた。

祭りの最後に大和川河原から花火が打ち揚げられたらしく、2階の書斎からよく見えたので階下の妻に声をかけ部屋に戻ったらもう花火は上がらなかった。わずか1,2分の出来事で、これがこの町の大きさに見合った花火大会なのかもしれない。