急報

急ぎとて一行の訃のしむ身かな

まさかの訃が届いた。

激動の時期のある意味同志であり、先輩が今朝亡くなられたとやはり同志から連絡が入った。
いきなりの話で、亡くなられたという事実だけが伝えられたのである。
続報を待たねば詳しいことは分からないが、あの立派な体格の持ち主にしてもやはり病にはということであろうか、そんなことをぼんやり考えている夜である。

縮こまる

うそ寒の膚を心をつつみなく

季節にしては寒い日が続く。

一番困るのが、夜具、寝衣である。
急に厚い蒲団にくるまるのもどうかと思うし、冬のパジャマを着るというのも気が早すぎるような。
で、朝方まんまるくうずくまっては目が覚めたりしてしまうのである。
そろそろ観念時とは思うが、また暑さがぶり返すという話もあり、もう少しもう少しと我慢する毎日である。

紅吾妻

白線を引いて明日待つ藷掘会

蔓が刈られる。

刈られて堆く積まれている。
畝には1メートルごとに石灰の白線が引かれる。
区切られた部分がひとり分の区画らしい。
5月あるいは6月に植えた薩摩芋の収穫時期だ。
わが家でもプランター栽培にチャレンジしてみたが、手を突っ込んでみても手応えがない。やはりうまくいかなかったようだ。

勲章

ぬたうって客近づけぬ牡鹿かな

東大寺南門のすぐ前に鹿の沼田場がある。

気づく人は少ないと思うが、三笠山からの細流(吉城川)が門前数十メートルのところに流れており、小さな橋がかけられているのがそれだ。その下をのぞくと、とくに護岸もしてない岸に所謂沼田場がある。
見ていると、定員は一匹ほどで、立派な角を生やした牡鹿がごろんごろんと「沼田うち」をしているのが終わるのをじっと待っている別の牡鹿がいる。あきらかに序列がついているようで、若い者が近づこうものならたちまち追っ払われている。
こうして、全身にたっぷり泥をしたたらせた牡鹿が悠然と参道に上がってくると、煎餅を給餌したり、自撮りを楽しんでいた観光客がいっせいに引いて牡鹿の通り道ができる。
沼田場を独占してつけた泥は鹿にとっての勲章でもあるのだ。

盆地の稔り

おとうとの手から兄への稲掛くる

一家総出の稲刈り。

爺ちゃんや父ちゃん、小父さんたちが刈ったのを、幼い兄弟が稲架掛けの手伝いをしている。
小さな田んぼなので、自給の分だけを耕作していることが分かる。聞けば、こちらは餅米、あちらは白米だと言う。
休日をフルに使っての稲刈り風景だった。

今日通りがかった平群の稲刈りはまだのようだった。
一列だけ稲架を見かけたが、田の縁が三条ほど刈りとられた跡があったので、冬越しの藁を取るためのものかもしれない。
どうやら、この週末頃が盆地の刈り入れになるみたいだ。

一喝

寝過ごせし朝を鋭声の鵙叱る

虫食いのように更地が残されている宅地。

そんな、なかば街と化しているところにも鵙が巡回してくる。各家のアンテナに止まり、電柱に止まり、律儀に自分のテリトリーを宣言しているようである。
これまでは漫然と聞いていたが、耳を澄ませて聞いてみると、鵙の高音は婚活期間であるという理由のほかに、秋独特の澄みきった空気とも響き合っていることがよく分かる。考えてみれば当たり前のことだが、建物やあたりに鋭い声が響き渡る朝はことさらその感が強いように思われる。
先日も、ちょっと寝過ごして新聞を取りに出たら、寝ぼけ頭を一喝するように頭上から鵙の声が降ってきた。

愛車が泣いている

輪行の車窓の外の秋の暮

今日のような天気のいい日はとくにそうだ。

風もない自転車日和となると、調子に乗ってつい予定より遠くまで行ってしまう。
帰りの時間を計算すると、とんでもない時間になりそうで、最悪ハンガーノック(エネルギー不足)のため戻ってこれない可能性が頭をかすめる。
もともとそんなこともあろうかと、寝袋ならぬ輪行袋というのがあって、これに両輪をはずしてたたんだものをしまいこみ、電車やバスを利用するという手もある。
これを「輪行」というのだが、一般にこのようなトラブルを想定しているわけではなくて、プランにあらかじめ組み込んであるのが普通である。
当地でいうと、大和高田経由和歌山へ向かうJR和歌山線などでは、輪行袋をかついだ人たちを散見する。おそらく、紀ノ川沿いを走ろうという人たちであろうと思われる。十分時間をかけて色づきはじめた両岸の景色を楽しみ、帰路もおそらく輪行を予定しているに違いない。

当地へきて道路事情などを言い訳にしばらく走ってない。愛車にもうっすら埃がかぶっている。
すっかり足腰の弱った体にむち打って、再び飛鳥へのサイクリングカムバックを果たそうと室内用エアロバイクをはじめて三日。これを三ヶ月も続ければまた道路へ出られると思うが、その頃はまた底冷えの盆地で尻込みしなければいいがと思う。