行春の乗らぬバイクを診たりけり
素晴らしいマフラー音。
お向かいさんから大型バイクが引き出されて、今日もエンジンを回しているようだ。
子供さんが小さいうちは乗らないと決めたかのように、ただ調子を見るだけに終始すること月に一二度ほどあろうか。
このように、多くのライダーにとってツーリングというのは子供さんから手が離れるまでは我慢を強いられるのが普通だ。
50才くらいになってから再びハンドルを持つのを「リターンライダー」と呼んで、大型バイクの需要はそこそこあるようだ。

めざせ5000句。1年365句として15年。。。
行春の乗らぬバイクを診たりけり
素晴らしいマフラー音。
お向かいさんから大型バイクが引き出されて、今日もエンジンを回しているようだ。
子供さんが小さいうちは乗らないと決めたかのように、ただ調子を見るだけに終始すること月に一二度ほどあろうか。
このように、多くのライダーにとってツーリングというのは子供さんから手が離れるまでは我慢を強いられるのが普通だ。
50才くらいになってから再びハンドルを持つのを「リターンライダー」と呼んで、大型バイクの需要はそこそこあるようだ。
水を引く手筈整ひ苗代田
田植えの遅い地域だけど、苗代田の準備だけは万端整っている。
水口を囲むように、田の2,3坪ほどの部分に見事な畦塗りがほどこしてあり、畝も平らに均されている。いつでも籾を蒔ける状態なのだが、この地区の水は山の水を溜めた池から一斉に放たれるまで水は来ない。いつになったら蒔くのかと興味あるのだが、毎日通りかかるわけでもないので、気がついたら苗が育っていたという風である。
6月中旬田植から逆算すると、播種は5月も下旬というところだろうか。
苗代というのは歳時記に採録されているのは春だから、相当遅いと言える。
建売の軒という軒つばくらめ
鎌使ふ背に聞こゆるつばくらめ
どうやら、雛が孵ったらしい。
親鳥が巣の近くに来ると、いちだんと賑やかな声が聞こえてくる。今が燕のベビーブーム第一波らしい。あと、一二度繰り返しては初秋に帰ってゆくのだろう。
そう言えば、今朝隣の空き地に雲雀の番が遊んでいた。何日か前に、雲雀たちがよく降りる、数軒離れた畑にシャベルカーが入って工事が始まったので、もういなくなるのかとがっかりしていたので嬉しい光景だ。もともと住宅街の真ん中に雲雀が出没すること自体無理があるので、いずれ頭の上で揚げひばりの声を聞くことは望めないとは思うが。
手の届くものを枕に春眠し
ちょっと油断するといつの間にか眠っている。
30分程度の軽い眠りならいいそうだが、それよりも深く長くというのは認知症につながるそうである。しかし、眠いものは眠い。あれこれと済ませて、ちょっとソファにもたれているうちに今日も1時間以上は気持ちよく寝ていた。
きがつけば、いつの間にかクッションなどを枕に横にもなっている。冬ならとてもこうは行かないが、これが春というものである。
ただ、年齢とともに、昼寝してしまったら腹も空かなくなって夕食の量をこなすのも重くなってきた。
こうして、確実に体は老いを深めていくのだろう。
藤垂れていまに戸窓を叩かんか
ご近所の藤が満開である。
よほど手入れがいいと見えて、窓辺の藤棚に見事な房がぶらさがっている。さながら窓の庇といった感じである。幹が相当太いのも、樹齢にして数十年はあろうかと思われる。ただ、惜しむらくは、道路拡幅予定区画にかかっていて、これがあと何年見られるかどうか。
買い物につきあって平群谷に向かう道筋にあるので、あと何回かみるチャンスはあるだろう。その平群谷は左右から新緑がわっと覆いかぶさるようだ。
春昼の乗継駅のダイヤかな
乗継の刻持て余し春の昼
乗換の屋根なきホーム春の昼
都会ではそうでもなかろうが、田舎では一時間に一本というダイヤも珍しくはない。
車がメインの移動手段となる地域など、バスならなお本数は少なくなるし、通勤通学の時間をのぞくと間引き運転は覚悟しなければならない。
こういうところを旅するには、よほど事前にダイヤをちゃんと調べておかないと、移動に大半の時間をとられてしまいかねない。都会で暮らしていて、電車が次から次へと来るのに馴れていると、乗り継ぎに15分以上もかかるとおそらくイライラしてくるにちがいない。逆に、この時間こそが至福のときだとする御仁もあろうが、えてして旅の目的はそうでない場合が多いのでやはり「ロス」につながることになる。
私の居るところから盆地の反対側に行くには、JR、私鉄含めて最低2,3回の乗り継ぎは必須となるので、どうしてもクルマに頼ることが多くなる。時間も半分とまでいかなくても、三分の一くらいは節約できるので、クルマはどうしてもやめられない。
ブレーキとアクセルを間違わないうちは、免許など返上してられないのだ。
紫雲英田の闌けて矮種の犬ばかり
パッチワークのような紫雲英田が目を引く。
ここは、田植えが遅い当分水を張ることもない地域で、紫雲英の丈もずいぶん伸びてしまっている。
最近は子供も遊ばないし、せいぜいが散歩の犬を放つくらいだろう。
その犬だって、小型犬ばやりで、遊ばせようにも足に絡みつきそうで、走り回るには不自由なほどだ。
鋤込むまでには当分間がありそうなので、まだまだこの景色は楽しめそうだ。