目論見

いびつなる形も愛でて苺摘む

苺栽培が初めてうまくいったようである。

これまで何度かプランターで挑戦したのだが、どれも虫、とりわけなめくじに食われてろくに育たなかったのである。
運良く畑では虫の害もなく、すくすく育ってくれて今月何回か収穫することに成功した。意外に甘くて、しかもどれも粒が大きくわれながらよくできたと思う。
苺苗というのは意外に高くて今年は数多くというわけにはいかなかったが、さいわい苺というのは実が終わるとクローンの株を多く産むのでこれを来年の苗に当てることができる。今年の成功体験に味をしめて来年は洗面器三杯分の収穫をもくろんでいるのだがさて。
苺は種から作るのではなくクローンからしかできない、素人は。種はあのぶつぶつ一個だけど、各県の農業試験場秘伝の交配だから同じような株は再現できないのである。

後の祭り

なめくじら弾くも爪の不調法

雨になると途端に姿を現す。

ここのところ苗の虫喰いが目立つのはこいつのせいだった。
昼間は隠れているが夜になると融通無碍にはいまわり食害をもたらすようだ。
苗をしまい込む段になってまだ小さいやつを見つけたのでその場ではじき飛ばそうとしたのだが、硬い爪の一撃をもってしても簡単にははがれない柔らかさと粘りけには舌を巻いてしまった。
こんなことなら、やはり常套手段としての割り箸をもってくるんだったと悔やむが後の祭り。
何度もなんども水道で洗わないとぬめりの感触がいつまでも去らないのだった。

うら悲し

黄菖蒲のそぼふる雨の畦にかな

涼風に恵まれた一日。

窓から入る風はむしろ肌寒くさえ感じる。午後からはときおり小雨がぽつりぽつりと降ったり止んだり。ひどくは降らないと踏んで遅れがちの農作業へ。とりあえず胡瓜やトマトのネットを張るだけの軽作業だけの予定だ。
主を失った田の畔に灯った黄菖蒲が目を引いた。雀の鉄砲におおわれ水も入らない田に添うような雨の菖蒲はうら悲しい。

食欲あり

下げ止まりせず夏痩と思へども

このところ体重が下げ止まらない。

いつものサイズの作業ズボンを買ったところ、がばがば状態。ウェストが80センチを大きく切ったようである。
喪服はじめもっている洋服はどれも86センチ。それからするとこの数年で8センチは減ったようである。
コロナ禍のはじめ頃体重63キロくらいだったのが、いまでは5キロもマイナスして高校のころの体重に戻った。
食べる量は若いときに比べ少なくはなっているが、目立って食欲がないわけではない。
一週間で1キロ痩せるのはさすがにやばいと健診を受けることにした。結果は二週間後。
何かあっても不思議ではない年齢なのだが。

洗車

老鶯やはや二度回す洗濯機

久しぶりの快晴。

肌寒くさえあった昨夜だったが、案の定今朝は放射冷却でさらに冷え込み十度を切ったようである。
更衣シーズンでもあり、あれこれ洗濯機にぶちこむ日である。
があがあ廻る音に混じって鶯の声が聞こえる。
昨日は曇りがちかつ涼しかったので夏タイヤ交換、二年ぶりの洗車とくたくただったが、気温が上がるというも晴れた今日もやることが多い。

初夏の旬と言えば

山国の舌よろこばせ初鰹

先月とっくに食べたのだけどあれはどこの国の産だろうか。

臭み消しの効果を狙うのかどうか、蒜と生姜のすり下ろしは必須。ぽんず醤油にさらに檸檬をしぼったものといっしょに口に入れる。
厚ければ厚いほど歯をよろこばす。
ああ、その瞬間、うまいものなしと言われる山国において崇高の旬の味。
筍とならんで春あるいは初夏を代表する旬である。

胎生

得物手に戻れば失せし蝮蛇かな

早々と蝮の報。

誰か打ち棄てた骸を見たという。
この時期は産卵前だから、赤ん坊の蝮はまだ早いだろう。
聞けば、蝮は胎生だそうで初秋に交尾し翌夏〜初秋に出産するらしい。菜園でよく見る20センチほどのものは出産直後の赤ん坊のようである。こいつは人が近づけば逃げるのでまだいいが、成長したものは挑戦的で気をつけなければならない。
草を生やす農法なのでこれはよほどの注意ものだ。