草の行方

草刈るや厩転じて機部屋に

古民家巡りをしてみた。

もちろん、もう今では誰も住まない文化財となっているのだが、どれも地域独特の工夫がこらされた建物で、間取り、壁、屋根、どれをとっても昔の暮らしを彷彿とさせる。
江戸から明治へと文明開化の波が地方にも押し寄せてくるとともに、暮らしぶりにも変化があらわれ、さまざまな改造も行われたようである。
農事の大事な伴侶を家の中に飼うという、まるで遠野物語に出てくるような暮らしぶりも垣間見たが、これとて明治になってからは機織りの部屋と化していた。
農業中心から、絹などを織る副業も盛んに行われたのであろう。

畦の草刈も、今ではエンジンをうならせて粉々に刈りとってしまう。かつて牛馬に与えていた草、今はいったいどこへ消えるのであろうか。

菌糸集合!

梅雨茸ボール蹴るごと少年蹴る
少年のボール蹴る真似梅雨茸

草原のかしこに茸が顔を出している。

周りを見ると、あちこちに干からびた茸が散らばっている。
食べられそうもないように見える茸は、誰かが遊び半分蹴散らしたとみえる。
気をつけて歩くと公園のあちこちで茸が湧いている。
菌糸、黴菌大活躍の季節である。

とりこ

蜘蛛の囲の一輪封じゐたりけり

小山梔子の生け垣が見事である。

よく刈り込まれているが、よく見るとところどころ蜘蛛の巣が何重にも張られている。
なかに、虫ならぬ山梔子の花が一輪取り込まれているのもあった。
取り込まれてはいるが、あの香りには間違いがなかった。

染め分け

青鷺のにはか駆けだす濁田かな

剣豪武蔵の絵に似ている。

モズが枝にとまっている静寂のたたずまい。
絵のようにじっと動かぬまま佇んでいるときもあれば、餌を漁る忍び足、そして時折見せる駆け足。貪欲な食欲、なかなか旺盛である。ときには見に余るサイズを持て余して放置することもあるが。
この鳥の最も優雅なのは、やはり飛翔である。灰色、紺色に染め分けられた大きな翼が頭上を飛んでゆく姿を見送るのは感動的でさえある。

ほどよい距離

蒲の穂や遊水池の人寄せず

鴨やバンが育つ小さな池。

彼らは葦や蒲が茂る人工島に巣をかけているようだ。
金網で高く囲われているので、遠くから眺めるだけだが、生き物との関係としてはこれくらいの距離がほどよいのだろう。

滝雲

黒南風や暗峠雲の滝

生駒嶺の鞍部を雲が滑り降りてくる。

滝雲という現象だ。
今日のようなどんよりとした日によく見られる光景だ。
梅雨がもたらす低い雲が浪速から生駒嶺をせりだすように越えるのだ。
遠く若草山も、二上山の頭も雲にかすんでまったく見えない。

早々と灯を灯す夕べとなった。

クリーム色

一山に点景なして山法師

遠くに霞んだ綿菓子のようだ。

今、山法師の花が真っ盛り。
この花も梅雨を象徴する花の一つだ。
花に見えるのは、実際は、ハナミズキ同様花ではなくて「苞」の部分だが、秋には中心にある小さい花の集まりが大きな実となって目を楽しませてくれる。

第二日曜日は町内の朝の一斉清掃と自治会の打ち合わせ会議のある日。
梅雨のどんよりとした空に、ややクリーム色を帯びた白が集会場の入り口に目を引いた。

句は、矢田寺紫陽花に混じって一本の大きな山法師が印象に強い。