生乾き

種採って先祖に顔のたちにけり
種を採る親指の爪黒くして
晴天のこの日を選び種を採る

季語にいう種採というは一般に花の種をいうらしい。
たしかに花というのは春から夏にかけて咲くものがほとんどで、そこから種を採るといえばちょうど今頃の季節であろう。
いっぽう野菜はと言えば種類によって種採の季節は異なってくる。
大根や葉ものなど冬野菜を代表するアブラナ科に属するものは初夏のころ種をつけるものが多い。人参、玉ねぎなどもそうである。
かたや夏の野菜の代表とも言える胡瓜、茄子、トマト、オクラなどは秋まで十分熟させて種を採る。
スイカや南瓜などの実ものは食べたあとの種を採ればいい。
今日はたまたまプランターのニラの一本が種をつけたので採取したが、完全に乾いてないものも混じっていたらしく封筒にしまってもニラの匂いが消えない。ちょっと早かったようである。
このまましばらく乾かして菜園にまいてしまえば来春には定植に格好の苗となるだろう。

祝戸橋

溝蕎麦の水の交はるところまで
溝蕎麦の群れて水音やはらめる

玉藻橋は栢森、稲淵方面からの飛鳥川、祝戸のふぐり山からの湧き水、そして多武峰から流れ込む冬野川の合流点にある。
冬野川はとても小さな流れで飛鳥川の水量には及ばないが、川底は栗石が敷き詰められ大きな落差をもって飛鳥川に流れ込む。そのまさに落ちようかというあたりは流れもゆるやかで、祝戸橋の上から手が届きそうな場所にびっしりと溝蕎麦がおおっている。白い花のみごとな群落である。
観光客は玉藻橋やその先の稲淵などに気をとられて祝戸橋は見向きもされないが、その足もとには飛鳥らしい素朴な世界が広がっている。

道案内

万とつく木の実一粒降りにけり

久しぶりに飛鳥へ。

橿原方面に所用のついでに石舞台から祝戸方面へ1時間ほど足をのばした。
椎の木の実だろうか小さな粒をいっぱいつけた木がめだった。とくに玉藻橋少し上流の淀にかかる木がみごとで、そこから落ちる実はことごとく飛鳥川に沈むことになる。
昨日今日落ちたばかりと思える、青い実のまま落ちている団栗も多く、今日の強風にたえながらもいつ落ちるかどうかはなはだ心もとない。
カメラ片手にぶらぶらしていたら、地元の人間と見られたのか飛鳥散策の観光客に道を尋ねられた。橘寺と稲淵の棚田が見たいと言うのだが、玉藻橋付近からすると下流と上流、それぞれ逆方向なのでまずは稲淵への道を教えて差し上げた。

旅の途上

かはせみの奔るを見しか秋時雨

何年ぶりだろうか。

雨が来て引き返す途中、目の隅に一瞬間カワセミをとらえたのだ。
志貴川といかにもたいそうな名前をもっているが、実は小さな流れ。信貴山からしみ出る水を集めて急峻な山裾をうがいた谷が大和川になだれこむ。
最近大きな改修がおこなわれ、大きな段差をいくつも設けて流れをゆるやかにしたところをカワセミが登ってゆくその背中をとらえたのだった。ただ、コンクリートで固められた部分が多くては、はたして餌場となるような場所があるだろうか。
今の時期は今年生まれの若鳥がテリトリー求めて放浪の旅の途上であり、定着の場となるのかどうか。
これからはしばらく流れから目を離せない。

ゆがく

落花生土つくままに後の月

豆名月とも。

ちょうど今が豆の収穫時期と当たっていて、たくみな命名である。
もっともこの場合の豆は大豆、大角豆の種類であって落花生までは想定されてないであろうが、たまたま菜園の先輩から身をたっぷりつけた見事な落花生一株を分けていただいた。
まわりの畝をみまわすと落花生の株がほんのり黄味がさして収穫時期であることが知れる。
土付きの殻を外してゆがいて食ったが、生の落花生独特の昔懐かしい味がした。

今は昔

肌寒の腰に短くデニム履く
肌寒のポケット浅きデニムかな

急に冷え込んだ。

明らかに夕べの雨が冷たい空気をもたらしたのだ。
一日で10度も下がると寒さは倍加し、厚手のジーンズでも足もとからぞわぞわしてくる。
ポケットに手を突っ込んで温めようにも浅すぎて役に立たない日である。
ジーンズは腰で履けと言われパンパンの尻を自慢げに若さを謳歌していたのは今は昔の話。
やはりモンベルの冬仕様のズボン(古い!)に履き替えようか。

まとまった雨

降りそめの音渇きたる秋の雨

風呂に浸かりながら久しぶりに聞いた。

先だって二週間ぶりに降ったのは未明だったので、雨音をこの耳でしっかり聞きとめたのだが最初は乾ききった大地をかさこそたたくようだった。しばらくしたらいつもの雨音に戻っていたのだが、今日はまとまった雨になる予感である。