あをきまま切り刻まれて今年藁
まだ青い。
青いのが無雑作に切り刻まれて田に捨てられてある。
本当は捨ててあるのではなくて来年用の堆肥代わりに放置されているのであろうが。
今どきは機会で苅るので、刈田を近づいて見るとほとんどが細かく刻まれて株の間を埋めている。
機械の入りにくい隅などは手刈りするようで、藁束がこれまた無雑作に田に放置されてもいる。特別な用途もなくそのまま朽ちてゆくのであろうか。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
あをきまま切り刻まれて今年藁
まだ青い。
青いのが無雑作に切り刻まれて田に捨てられてある。
本当は捨ててあるのではなくて来年用の堆肥代わりに放置されているのであろうが。
今どきは機会で苅るので、刈田を近づいて見るとほとんどが細かく刻まれて株の間を埋めている。
機械の入りにくい隅などは手刈りするようで、藁束がこれまた無雑作に田に放置されてもいる。特別な用途もなくそのまま朽ちてゆくのであろうか。
自転車のブレーキ鳴いてうそ寒し
朝方がずいぶん寒くなった。
寝入る前の夜はそうでもないので夜具はかけない日が続く。ただ、夜中に寒さに目覚めていざ夜具をかけようとしたときにかぎって次男猫が夜具の上に一文字で寝ていたりして、結局朝までちぢこまっているしかなかったり。
眠りが浅かったせいか昼食を食べたら眠くて仕方がない。
かくて今日も猫と並んで昼寝タイム。
身に入むや両の腕の針の跡
いつものかかりつけ医に町の無料健診を受けてきた。
最近なんだか疲れやすく体力が落ちてきたように思うので、まずは癌マーカーの検査も頼んできた。精度がどの程度か分からないが、結果によっては再検査することも頭に入れなければならない。
たまたま今朝のテレビを見ていたら、このコロナ禍で受診者が減るだけでなく、癌検診を受けない人も増えたのでいきなりステージ3の人が見つかるケースが増えているらしい。最低でも年に1回は受けておかないと発見が遅れ治療にも時間がかかる、あるいは手遅れにもなりかねない。
毎月の増血剤注射に加え、採血、そしてインフルエンザのワクチンと注射針の跡三つが両腕に残った。
今年はインフルエンザワクチンの量が少なく、希望者全員に渡らなくなりそうだから予約前に打つように勧められたからである。かかりつけ医をもつことの大切さをあらためて認識した日であった。
掛稲に宵のひと雨走りけり
夜中に目が覚めたら雨が降ったような形跡がある。
朝の濡れ具合から1時間も降ってはいまい。
何しろ9月26日以来快晴続きだったのでもう少し降ることを期待したのだが、これでもよしとしようか。
雨を見越して少々蒔いた種にも幸いの雨となったことを喜ぼう。
菜園のある一帯の稲刈りはどうやら終わったようで、いまや珍しくなった稲架があちこちにたっているではないか。昨年はウンカの害がひどくて今年はどうなるかと注意してみていたのだが、ニュースでは盆地は平年の出来だと聞く。
何はともあれ農家は安堵の胸をなでおろしたであろう。
体育の日の何処にぞいきたるや
今年も10月10日は快晴だった。
50年前の東京五輪開幕日は絵に描いたような秋空。その10月10日を記念して祝日「体育の日」が設けられ、その後長く天気に恵まれた祝日としてまさに運動会日和のイメージが定着したものだ。
ところがいつ頃のことだったか10月第二月曜日と定められ、当初祝日に込められた意味合いも世につれて移ろっている。しかも名前もこれまた知らぬ間に「スポーツの日」になっている。
そのスポーツの日も通常であれば今日の10月11日であるが、月曜の朝の朝刊は来ないとして不思議でないが夕刊はあるという。どういうことかと調べたら、今年は五輪のために7月に祝日移動されたんだと。
世にうとくなると暦の移動などとんと無頓着になってしまうものだなあとあらためて思うのである。
歳時記もいろいろ振り回されて大変である。
一つとて花なき家の柚たはは
午前中の日当たりが悪くなった。
というのも隣地に家が建ったからである。敷地が南面していればそれほどひどくはないのだが、南東に触れているのでこれから日の高さが低くなる季節になるとさらに日当たりが悪くなる。
今年の柿も柚も日差しが少なくなった割にはまあまあの実をつけてくれた。来年もそこそこ頑張ってもらうには剪定に工夫がいるかもしれない。ともあれ特定の枝に偏っているが、青い柚の実は房なりになって重たげである。
柿もぐや日の目を見ざる枝の末
気がついたら鳥に残す分まで穫ってしまっている。
今年は収穫を前にイラガという虫の襲来でがあったので、おそるおそる脚立から手を伸ばしながらの収穫だったので鳥さんの分までは気が回らなかったのである。
ともあれ20個以上はあったろうか、大きな袋にずっしりと重い。
店で売ってるのとはちがって種は多いし大きい。それでもこれから10日間ほどのデザートは柿となる。
そうそう木守柿となるものもなくて、碧空にまだ青い葉を残した枝が伸びているだけである。