過疎化

中元の礼者見馴れぬ背広着て

半農半杣というのだろうか。

日焼けしていかにも農夫、樵夫という風袋の男が、今日は珍しく背広を着て集落を巡っている。山の集落ではこうした盆暮れの挨拶は欠かせないものだが、一張羅の背広というのはすぐに分かるし、決まってノータイというのもこうした山村では礼を失したことにはならない。
父母の田舎もすっかり過疎の集落と化して、今ではこうした盆礼者の姿だってもう見られないかもしれない。

晩夏の思い

幾代もの卵塔並みてつくつくし

古刹の裏山は見事な無縫塔が立ち並んでいる。

沙弥から歴代住職の墓地だと聞かされる。
その裏山の裾にはこれまた立派な檀家の家墓が並んでいる。
きれいに掃き清められた墓地にはツクツクボウシが限りなく鳴き続け、間もなく盆を迎えようという晩夏の思いをことさら募らせるのであった。
橘寺の夏のことである。

腐らずに

虫逐うて世間話の団扇かな
相槌の団扇二ふり三ふりして

団扇は風を送るためだけにあるのではない。

相づちを打つときの小道具としても、これ以上のものはないとも言える。
宮滝の象山のとある集落で、数人の主婦が一軒の車庫で井戸端会議している。
みんな手に手に団扇を持って愉しそうにしているので声を掛けてみたら、いつもより遅い移動スーパーを待ちながらの世間話だそうである。
山の水が豊富で困らないこと、稲の穂が出るのは日当たりがこの地区では遅いこと、などなど暮らしの一端などを気さくに聞くことができた。山の暮らしをちっとも不便に感じない屈託のなさがこの集落の空気を支配している。

昨日の句会には、

屯して移動スーパー待つ団扇

いくらか詠めたかなと思ったが、一票も入らず。腐らずに何度でも詠んでやるぞ。

食欲旺盛

端山にも名ある吉野の今日の秋

今日から秋である。

と言っても、実感は全くないのであるが、台風のもたらした偶然なのかどうか今日はいつもより五度以上も低い。
吉野吟行はおかげでドタキャンもなく、無事に終了。
先月は猛暑の中、少々歩くコースだったので恨み声も聞かれたが、今日は全くそういう声はなし。
むしろ、毎日の暑さを乗り切って夏負け知らずの面々。昼食の炊き込み御飯もぺろりと平らげ、お代わりするご婦人のたくましいこと。
こうでなくては俳句は続けられない。
年長の方々のエネルギーに舌を巻いた一日であった。

現調

築山の観音堂の蝉時雨

刈り込みの庭が見事な禅寺。

通常なら石庭なのだが、ここは石州流の祖と言われる片桐石州が創建した寺、慈光院である。
来月の句会会場となっているので、現地調査も兼ねて訪れたのだが、樹木の種類も多く一歩山門に入れば温度も幾分低い。ちょっと風もあるようで、堂内を風が抜けるのが涼しい。
接待の梅ジュースでさらに気分もすっきり。
このところ、毎日クマゼミが庭を飛び回っているので、いささか閉口していたが、ここでは蝉の鳴き声もどこか慎ましげで、気にはならない。
露地をめぐらせて、広い庭園を歩き回れるような趣向が懲らされているが、築山の上にはかわいい祠のような観音堂が見える。大きな木が覆っていてそこもまた涼しそうである。
実際に庭をめぐる楽しみは来月にとって置いて、今日は資料だけいただいて失礼した。

俳号なんとかしたい

紺浴衣学年ひとつ上にして

近所に評判の美人姉妹がいた。

歳は離れているのだが、妹のほうは私より一学年上で、たまに道などですれ違うたび眩しくてしょうがない対象であった。あるとき、姉が嫁ぐことになり、一目見ようと近所の人たちといっしょに駆けつけた。花嫁衣装の姉はますます美しく、周囲からどよめきがあがったり、溜息がもれるのがはっきり分かるほどである。
いっぽう、花嫁に付き添いの妹は、和装に包まれた姿がなんとも楚々として、ふだんよりぐっと大人びて見える。さらに姉に負けず劣らずの美しさである。
彼女が中学に上がって以後すれちがうことも少なくなったが、さらに一年後私が中学に上がると遠くから彼女と認める機会も増えた。ちょっと見ない内にさらに彼女が歳の差以上に大人びて見えて、手の届かないように思えた。
わずか一学期で転校となったので、その後の彼女の消息は知れないが、その名前は名字が母の旧姓と同じだったせいもあって今でもはっきり思い出す。
俳号を名のるとすれば、母方の姓でもと思うこのごろである。

10分の花火大会

風呂浴びて小さな町の花火かな

浴槽にいたら町の花火が始まったようである。

奈良は行政単位が小さいので、町主催の花火大会がいくつもある。
ふだん日程など気にしてないから、音がして初めて「ああ、今年もそういう時期なんだ」と気づくわけである。
今日は土曜日だから、明日の日曜日もまたどこかの町で花火が上がるであろう。
町の花火だから規模もせいぜい10分ほどで終わる可愛いものである。
今日も浴槽にいたから間に合わず音を聞くだけで終わってしまった。