遠山に日当たりて

夕ざるる生駒の裏に秋深し

奈良県側の生駒の頂には、日が沈むまで秋の日差しが当たる。

麓はすっかり暮れていよいよ秋の深まりを実感するのだが、そのコントラストの妙にいつも惹かれるものがある。
これから遠目にも平群谷をつつむ山々が色づいてきて、装いはピークを迎える。
ついこの間までの暑さはどこへやら、短い秋を惜しむのである。

南へ帰る

ふじばかま咲いて南下の蝶の糧
長旅の蝶の寄る辺に藤袴

たいして広くない花畑に何種かの蝶が集まってきている。

なかでも、藤袴にはツマグロヒョウモン、赤立て揚羽、そして南国へ下る途上の浅葱マダラがしきりに蜜を吸っている。
これから数ヶ月かかけて台湾など南の国へ帰るための体力を養っているのだろう。あの小さな、そしていかにも儚げな翅でよくも荒海を越えてゆくものだと感心するが、行く先々でもまた、このように花畑に立ち寄っては栄養を補給することを繰り返して行くに違いない。

夜具夜着しかと

無人駅イコカで抜ける夜寒かな
夜寒さの電話に羽織る妻のもの

夜はめっきり冷えてきた。

盆地だから都会の隣県よりは二、三度は低くなる。それを感じるのは、都会から帰ってきて無人の駅を出るときである。おまけに灯りも最小限のものしかないので、ひたすら家の灯りを求めて無口で坂を登るしかない。
寝具も寝間着もすっかり晩秋仕様となった。

米袋

三十年続きし御世の今年米

店先の米袋には平成三十年とある。

平成最後の新米と分かっていると、心なしか惹かれるものがある。
来年の米袋にはどんな元号が記されるだろうか。

鴨はまだか

鳥渡る暁けの原野の色なして

渡りの本格シーズン。

野鳥の会のレポートによれば、五條市、曽爾村などではすでに九月末から鷹の渡りが確認されている。
北の空でも、オオハクチョウ、ヒシクイといった大型の渡りが見られ、北から南から鳥が渡ってくる日本という国のなんという素晴らしさ。
当地では、鴨の仲間が多く、大型の雁というのは見られないが、それでも小鳥も含めて楽しめるシーズンが半年続くかと思えば愉しくなるではないか。
関東ではもうかなりの種類の鴨が見られるのではないだろうか。

コンバインちらほら

水の苦労みんな忘れて晩稲刈る

盆地がようやく稲刈りシーズンを迎えた。

今では米の改良も進んだんだろう。10月に稲刈りするところが少なくなった。
ところが奈良では盆地部だけは田植えは夏至を超えてからだ。溜池頼みだから、万年水不足に悩み梅雨入り後の雨水に期待するわけだ。
山地部では山からの水があるので、全国標準並みで稲刈りは9月にとうに終えているというのにだ。
世間に比べればいつの間にか盆地部だけが目立ってしまって、「晩稲」の部類に属してしまったという印象が強い。

七回忌

仏壇にもいで減らざる庭の柿
菩提寺の供物に二個の庭の柿

生り年なんだろう。

隔年結果とならないよう前年かなり剪定したはずだが、枝という枝に鈴生り状態である。
ただ、ついこの前まで猛暑でいたときには実がまだ青く、収穫できるのはまだ先だろうと踏んでいたら、ここ二三日で急に成熟がすすんでかなりの数が熟柿状態となってしまった。
放置していたらみんな熟柿になってしまいそうなので、今日はずっしりと重くなるくらい捥いだが、とても食べきれない量なので近所にもお裾分け。
毎年、熟柿は鳥さんたちへのプレゼントになるのだが、今年はまだ鵯もやってこず、かれらが来るころにはもうみんな落ちてしまうのではないかと心配になる。
今月26日は子規が例の句を詠んだ日といわれ、当地では「柿の日」として無料で振る舞われる日だ。そういう意味でも今年は意外に成熟のペースが早いという、不思議な年である。

明日は、母の七回忌。
菩提寺の十一面観音さまへは、庭の柿もそなへようと思っている。