川流れするかに見えて鳰かづく
川はすこし増水していた。
そのうえ流れもいつもよりずっと速い。
その流れに翻弄されるかに二羽の鳰がみるみる流されていく。
と、そのうちの一羽がさっと姿を隠す。水に潜ったのである。つづいてもう一羽も。
川で生きているものにとって、この程度の流れで休漁するわけにはいかないのだ。

めざせ5000句。1年365句として15年。。。
川流れするかに見えて鳰かづく
川はすこし増水していた。
そのうえ流れもいつもよりずっと速い。
その流れに翻弄されるかに二羽の鳰がみるみる流されていく。
と、そのうちの一羽がさっと姿を隠す。水に潜ったのである。つづいてもう一羽も。
川で生きているものにとって、この程度の流れで休漁するわけにはいかないのだ。
冬蟷螂斧振る意志のなかりけり
庭の冬備えをした。
霜にやられないように観葉植物などを取り込むのだが、これが歳とともに意外に大変になってきた。なにしろ直径30センチに相当する10号鉢などは土の重さだけでも相当な重量である。これを何個も庭から室内に持ち込むのである。さらに、子猫にいたずらされそうなものは2階に待避させなくてはならない。
2時間ほどかかっておおかた終わると、今度は庭の後片付けが待っている。蘭の日覆いのネットを外そうとしたら、そこにカマキリの卵が産みつけられていて、主と思われるカマキリがにょっきり顔を出してきた。おなかの辺りがずんぐり丸く太っているのでおそらく雌なんだろうが、寒さのせいかいかにも鈍重な動きで、指をさしだすともそもそと乗ってきた。
なんだかカマキリに悪いことをしたような気がして、そのまま茂みにそっと放してやった。
朝よりの時雨のはての闇夜かな
町の一部が停電しているという。
今日は朝から終日典型的な時雨模様。雨が止んでほんの一瞬日が射したかと思うと、暗い雲が西側に現れまた雨を降らす。こんな繰り返しなのでとうとう一日中散歩する機会を失ってしまった。
おまけに、夕方からは雷がとどろくようになって、その落雷のせいかどうか町の広報スピーカーから停電情報が流れてきた。
また明日も不安定な天気らしいが、夏だけでなく冬になってもまだまだ異常な気象が続きそうな、そんないやな予感さえしてくるのだが考えすぎだろうか。
田仕舞の煙りの高く平群谷
これを谷と呼んでいいのかどうか。
ただ、南アルプスと中央アルプスに囲まれた天竜川沿いの土地を「伊那谷」とか「伊那平」と呼んでいるように、平群の里も西は生駒山地、東は矢田丘陵にはさまれた土地で、北の生駒市に接するあたりの竜田川が深くえぐれてそこから大和川合流まで南下しているさまなどは伊那谷の天竜川を思わせ、この一帯をどうしても平群谷と呼びたくなってしまうのである。
ある小春日、この谷を南北に走る近鉄生駒線の車窓から平群谷に幾筋もの煙が立ちのぼるのが見えた。間近のはどうやら籾殻を燻して燻炭を作っているようである。冬準備に追われる里の一齣であった。
補)「田仕舞」を季語とする歳時記はあまりないようである。ただ、今年の田仕事の全てを終えたいま、冬を越し来春のために田をかたづけると言う作業の尊さを考えると、これが季語でないとする考えは理解できない。
行き暮れてすすきの原や碑の一基
思いたって曽爾村屏風岩の紅葉を見に行った。
ピークは過ぎた感があるが、それでも十分見応えある眺めである。

1台通るのがやっとという急坂をあえぎながら車は上る。ついた先が「屏風岩公苑」。標高700メートルあまりだろうか、大変眺望がきく台地になっている。
しばらく散策すると、みたところ文学碑らしい古い石碑がある。文字は苔に覆われていたりして裏の昭和9年建立とだけしか読めない。文字数から推して句碑かと思われたが、果たして帰宅して調べてみると、自由律俳人の尾崎放哉、種田山頭火らと並ぶ大橋裸木(おおはしらぼく)の「日盛りに木の立ち木のかげ」が層雲同人会によって建立されたものだった。
納車日のまずは満タン小春かな
今日は日記がわりの句。
新車の納車日で、エコモードやらナビの使い方やらいろいろ説明を受けたあと、何はともあれガソリン満タンに。ポカポカ陽気でさらに時間があったので、その足でカー用品ショップに行き冬タイヤを注文。今まで乗っていた車に比べサイズが小さくて済むので、タイヤ代は半分以下。
エコカーはこんな面でも懐に優しい。
声のして鴨来たるらし夜の川
日が落ちるのが早くなった。
薬をもらいに行って、帰る頃にはとっぷりと暮れている。
堤防に回ってみると闇の中から聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。ヒドリガモのようである。昨年は一昨年の半分くらいしか来なかった。今年はやっと来たには来たがさらに数が少ないようだ。それとも本格的な渡りはこれからなのだろうか。