佐保川の七分と見えて花の雲
不退寺へ向かう道筋の佐保川に出た。
毎年見事な花を見せてくれる名所で、七分咲きといったところだろうか。
きらきらと光る川面に幾分かの花片も流れているようだ。
もしかすると上流ではもっと咲き進んだのがあるかもしれない。
両岸の木から伸びた枝がふれあうばかりに花のトンネルをなして、川幅佳し、土堤よし、櫻佳し。
いいものを見ることができて、今日はそれだけで満足である。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
佐保川の七分と見えて花の雲
不退寺へ向かう道筋の佐保川に出た。
毎年見事な花を見せてくれる名所で、七分咲きといったところだろうか。
きらきらと光る川面に幾分かの花片も流れているようだ。
もしかすると上流ではもっと咲き進んだのがあるかもしれない。
両岸の木から伸びた枝がふれあうばかりに花のトンネルをなして、川幅佳し、土堤よし、櫻佳し。
いいものを見ることができて、今日はそれだけで満足である。
ひとつまで聞きも流して春の雷
昨日に続き今日も不安定な天気。
午前中は春の時雨ともてはやしもしたが、夕刻になると今度はあられまじりの窓を叩きつけるような雨。
猫たちも何事かと窓の方へ顔を向けていたら、そのうち大きな雷が一発。さっと構えるような表情になる。
つい先日も雷があったばかりでまたかと聞き流していたら、今度はつづけて二三発。
思わず窓に駆け寄って空の様子を確かめる。
明日はまほろば吟行の予定で、明日の天気まで心配になってきた。
雪柳背なにまぶして猫帰る
雪柳が満開だ。
枝垂れた雪柳の影で昼寝でもしていたのだろうか、みぃーちゃんがのっそり顔を出してきた。
背中には散り始めた雪柳の花片が降りかかっている。
ちょっと肌寒い日ではあるが、日がよく当たるので雪柳の下は風も当たらず安心して昼寝できるのだろう。
まずはのどかな日曜日ということだろう。
囀の竹林にあり見つからず
竹林というのはいい響きがする場所だ。
この中で、あるいは接するあたりで鳥が鳴くとほんとにいい響きに聞こえる。
そのうえ、竹林全体に響き渡るのでいったいどこで鳴いているのかさえ判然としなくなる。
節の間に空気をふくんだ反響体が乱立し、おまけに節の丸い形状が音を全方向に反射しあう効果もあって、竹林全体が格好の音響空間なのである。
声の主を見つけるのはあきらめて、囀りのオーケストラに耳を傾けることとする。
桜葺く軒に日集め繁昌亭
天神の裏手明るき桜かな
昼席の開場待ちて亭うらら
昼席の太鼓聞こえて宮うらら
この春から月に一回天満宮近くにでかけることとなった。
今月で二回目だが、行きと帰りといろいろな交通経路を試してみるが、ことごとく乗り換え時には迷子になる始末。
まったく土地勘というものがないので、東西南北の見当がつかないのだ。
毎回グーグル先生の指示する予定より10分も15分も多くかかってしまうのだ。
ま、その分新しい発見もあるわけで、今日などはひょんな場所からあの天満宮さんを見つけたので、早速寄り道した。
天満宮さんはさすが浪華の神さんで、摂社末社の数がそれこそ「ハンパナイ」。
それをグルグル巡りながら参拝する信心篤い人もちらほらで、これも浪華らしい。
天満宮さんには六つの門があるとかで、その内のひとつのすぐ外に役者の出待ちでもしているような人集り。
なんだと近寄れば、繁昌亭だった。どうやら昼席の入場待ちの人のようで、10人づつくらい順番に呼ばれてなかへ入ってゆく。
あめんぼう影をまとへる水の暈
いったい、あめんぼうにどんな意志があるのだろうか。
あのいきあたりばったりの動きを見ているとそう思ってしまう。
水底には渦を巻いたようなニナの軌跡がびっしりと。
水の中、上にも春がきた。
自分だけの標準木に花みつけ
ひそかに自分の桜と決めている木がある。
今日そのマイ標準木が開いたのを確認した。
大阪は開花宣言したらしいが奈良はまだ、明日も無理だろうと言うが、同じ奈良でも環境が違えばこうもちがうものか。
東京では今日一気に満開宣言という報に驚くが、こんな暖かい日が続けば当地もすぐに満開を迎え、短い桜となるかもしれない。
何との慌ただしいことである。