大修復

鋸の音のもるる素屋根のお屋根替
どこかしらお屋根替ある大和かな
お屋根替万余の瓦積み上げて

昨日の寺内町の中心はもちろん寺である。

それが大きな素屋根をすっぽりかけられて、遠目にもよく見える。
遠くから見ると異様な白さだったので、最初は重文建築群としては変だなと思ったのだが、近寄ってみてこれからも何年も掛けて大修復する工事の養生の素屋根と分かって納得した。
わずかな隙間から内部を伺うと、大屋根にはすでに何千という瓦が積んであって、これから屋根葺きが始まるのだという。作業している人のランチ時間に尋ねると、完成時期はまだずっと先だと言うことであった。
興福寺金堂再建といい、薬師寺東塔の大修復といい、奈良はいつもどこかで大きな修復が行われる県でもあるようだ。

温める

片寄せて春塵拭ふ玻璃戸かな

今日はかつての環濠の町、一向宗の拠点ともなった寺内町の吟行である。

飛鳥川が大きく蛇行して東から北へ向かうところにある今井町は、信長との長い戦を経て赦免され、その後商業を中心に大きく栄えてきた。往時をしのぶ建造物は今も守られて、重文指定された豪商の館などが多く残っている。
建造群全体が保存地区に指定されているので、新改築にも厳しい基準が課されているので、町並みが揃って美しい町である。
だが、句材としては、町の中よりむしろ周辺に多く散在し、思った以上の数が得られた。
たとえば、濠の一部が復元されて浄化された水が循環しているようであるが、水辺には菖蒲や葦の芽生えも見られ、まさに水温む光景を堪能したり、椿の大樹の見事な咲きっぷりにみとれたり。
短い時間に思うとおりに詠めないのが吟行というものだが、温めていればいつか芽を出すこともあろうかと胸にしまい込んでおくとしよう。

虫出

照らすなく逝ける初雷なりしかな

今日は雨で終日家にいた。

窓を閉め切っているので、大きな音では聞こえなかったが、たしかに一回だけ雷が鳴った。
いかにもこの時期らしく、昼日中でもあるし、光って教えるということもなく、まるで試運転でもしているかのような、控えめな雷さまである。
歳時記によると、立春から初めての雷を言い,だいたい桃の節句頃、啓蟄の頃だということから別名「虫出」とも言うそうである。ま、今年は平年並みと言うことか。暑さ寒さも平年並みにしてもらいたいものであるが、さてどんなものか。

目は泪

看護婦のうるみ眼の春マスク

今日は家にいても目がしょぼしょぼしてくる。

この二、三年何だかおかしいなあと思っていたが、やっぱり花粉アレルギーにやられたみたいだ。
外へ出るとなるとマスクは必需品だが、マスクは息苦しくなるし、外出はどうしても二の足を踏むことになる。
先週薬をもらいに行ったら、クリニックのスタッフ全員がマスク(いまどき当然だが)していて、そのうちの一人が泪目をしている。この人も花粉症らしいが、さすが医院スタッフと会って対策を怠らないのか、それほど鼻をすすっている様子はない。
今日ちょっとガソリンスタンドまで行っただけで、車の中でくしゃみ連発。
猫トイレの掃除の砂埃でもくしゃみ連発。
この時期のアレルギー籠にもつらいものがある。

土に触れる

啓蟄や如雨露に水をあふれしめ
啓蟄や如雨露の錆の浮きしまま

久しぶりに如雨露を使う。

日射しがだんだんと強くなって、暖かく感じると言っても、鉢物の霜除けはまだ外せない。
だが、いくらか芽が動き出したようなので、水をほしがってるに違いないと思い灌水することにした。
土が乾ききっているから、少々ではまだ足らないとみえて鉢底からこぼれる量も少ない。そこでたっぷりとやると、土に精気がもどってきたように、土独特の強くて、しかも春のような匂いを発しはじめた。
しばらく様子を見ていると、赤い虫が飛び出したようで、止まったところを見ると、ナナホシテントウである。
鉢の底に隠れていたらしいのをどうやら驚かせてしまったようだ。
さらにもう一匹出てきたが、こちらは飛ぶ元気はないようで地面を這っている。
明日は高いところでは20度にもなるという。
ものの芽が動き出せば、虫だって動き出す。
土と関わる時間がいよいよ増えてきたようだ。

広重の渚

貝寄風やコンビナートの炎吐き

かつての白砂青松の渚が何キロも沖に引いている。

海岸がどんどん埋められて、その埋め立て地には工業団地が広がり、日夜を問わず発電所の煙突が炎を、製鉄所や石油コンビナートが煙を吐いている。そこで、人の生活圏との間にはクッションとして広い緩衝地帯が設けられ、新幹線が通ったり、高架の高速道路やモノレールが走り、渚はますます人から遠くなった。
なかには、レジャーランド、ビジネスゾーンとして海外含めて多くの人がやってくるエリアやマンション群もあるが、人の生活圏としては実感が薄いかもしれない。
東海道五十三次に描かれた渚のほとんどはコンクリートに固められ、いまや自然のまま残された海岸線というのはどれだけ残っているだろうか。

遠望

大和川越しにどこでも末黒山
目の端に末黒山ある大和かな

若草山は盆地中央から見ると小さな山に過ぎない。

ただ、中腹が黒く焦げた様子はどこからでもよく見える。
盆地中央は視界を遮るような高いものはなく四方に青垣を望めるが、大和川に向かって盆地全体が流れ来むように傾斜しているせいか、小さな山であっても遠くからよく見える。
逆に、盆地東縁、南縁、北縁側からみると西の生駒、信貴山などは随分低く見え、とても800メートルはあるように思えないのが不思議である。