再会のチャンス

菜種梅雨ヘリの眼下の青シート

九州新幹線が再開したとのニュース。

復興への第一歩だが、被災地は復旧すらまだ入り口にある。
わけても、熊本城の天守や櫓にはまったく手がつけられてない様子で、雨に降られるままになっているのは痛ましい。
被災程度の調査すらこれからだと考えると、再興は一体いつの日になるのだろうか。
熊本へは高校の修学旅行でしか行ったことがないが、生きている間はあの雄姿に再会できないかと思うと、残念でならない。

這えば立て

風光る嬰の産毛の金色に

お隣の次男坊の初お目見え。

と言っても、ベビーカーの寝顔だけだが、シェードをかけてもらって熟睡のようである。
ときおり風が吹くので、その都度生え際の後れ毛が小刻みに揺れて、光を透かしたように明るく見える。

あと一年くらいすると、片言の挨拶が聞こえるかな。

この時期九段へ

春昼のあみだに被る帽子かな

明日は27度になるらしい。

今日だって外でちょっとだけ体を動かしただけで汗ばんできた。
かと言って、家の中に入ればいっぺんに汗が冷えてきてしまって寒く感じる。
体温調節の難しいシーズンだなと思うが、これも歳のせいかもしれない。

10日になろうとしている熊本の車中泊、避難所生活の被災者に比べたら、なんとも間の抜けたことを書いている。
しかし、「みんなで渡れば怖くない」とばかり、こんな時期に九段で集団参拝して胸を張っている議員に比べれば幾分ましだろうけど。

家にいたい日

土葺きの天守追ひ打ち霾曇

当地では今年初めての黄砂が飛んだという。

輪郭は見えて、細かなディテールが見えない景色。
山は稜線だけがぼんやり見えるが、山襞などはなくて墨で塗ったようにのっぺらとしている。
霞のように、蒸気が立ち上るようなところだけが濃いというような濃淡に差があるわけでなく、視界のすべてが均等にぼやけているのが黄砂の特徴だろうか。
昼間のヘッドライトなど普段は気にも留めないのだが、今日は踏切待ちしていたら電車のそれがいつもより明るく見えたのには驚いた。改めて、こんな日は外にいたくないなと思う。

団塊つながり

里帰りの子も団塊昭和の日

昭和も遠くなりにけり。

平成も28年だから、団塊ジュニアたちも人生の半ばを折り返す頃を迎えている。
我らの折り返し時期というのは、バブルがはじけた直後であり、会社では膨らみきった事業の見直し、関係先の整理などなど、負の資産の始末に追われる毎日であった。
今の団塊ジュニアはと言えば、少子高齢化がすすむ一方で右肩上がりの上昇など期待すべくもなく、むしろ雇用の正規・非正規による格差や貧富差の拡大など、殺伐とした光景が見え隠れしている。
まことに生きづらい世の中だろうが、ゴールデンウィークを利用して帰省するという連絡があった。
親として出来るのは何も言わずに迎えてやるくらいしかないけど。

別格の土地

隠国の懐深し亀の鳴く
惹きつけてやまぬ隠国亀の鳴く

この時期、長谷寺は牡丹真っ盛り。

その長谷寺が管理している前山は「与喜山暖帯林」といって国指定の天然記念物だが、頂上付近にかけて山桜だろうか、里ではとっくに散ってしまった、薄紅の花が鮮やかに散在するのが見える。
そのまま榛原方面へ国道を登っていけば、左右の山にもちらほらと顔を出していて、もう新樹と言っていい鮮やかな緑との対比が美しい。

山懐の十一面観音さんといい、牡丹といい、山桜といい、大和国でもここはやはり別格の趣だ。

地が動く旬日残花散りにけり
しづ心なき目に見えぬ残花かな

今頃はどのあたりを走っているのだろう。

日本列島の桜前線である。
熊本地震からすでに一週間経過して、そのあいだ桜のことはすっかり頭の中から消えていた。
気がつけば、造幣局の「通り抜け」も、吉野の桜も終わっている。
残るは「残花」を楽しむことだが、これだってもうその時期は過ぎて、桜で言えば「余花」の季節を迎えようとする時候である。

甚大な被害をもたらした災害と「桜」とはあまりにも不似合いである。