墳丘の形の顕はに冬木立
ふんきゅうのなりのあらはにふゆこだち


困ったときの馬見丘陵公園。
寒の句材はないものかと、時々雪が舞うような冷たい風だったがいくつかの古墳のまわりを散歩した。あるにはある、冬木立、寒烏、雪時雨、等々。が、なかなか授からない。苦吟の結果が掲句。

めざせ5000句。1年365句として15年。。。
閉館ののちも客ゐて日脚伸ぶ
5時を過ぎてもまだ明るいことに驚く。
朝は相変わらず7時10分ころに太陽が上がってくるのだが、日の入りは確実に伸びてきた。
そのせいかどうか地方の博物館は、少々入館時刻を過ぎても目をつむってくれるところがある。しかも、入場料はただでいいから早く中へ入れとまで。
大寒に告げらる余命病猫
よくて六ヶ月くらいの命だという。
野良ちゃんでいる頃に居着いて14年あまり。出勤や帰宅するとき、途中まで見送ってくれたり迎えに来てくれたり、長い友である。来始めたころは、ちょうど会社を辞め独立したときで、以来いろいろな場面で慰められたりして、ある意味で戦友のような気がしている。
優しい子なので喧嘩にもよわく何度か怪我をしては帰ってきていたが、いつだったか目をやられたときからさらに喧嘩が弱くなり、そんなことがもとで片目が失明してしまい、今ではその眼球に悪質な腫瘍ができてしまった。
手術することもできないまま、手の施しようもない程度に悪化しているようだ。進むのを遅らせる効果があるかどうか分からないが投薬だけは継続することになった。あとは、寿命に従って衰弱していく様子を見守ることしかできないというのは辛いことだが、これも飼い主にとっては大きな試練でもあり心の準備をしておく必要があるのだろう。
雪の景見んとて窓を開けてみる
予報では夜のあいだに雪が降り始め積もるはずだった。
当地に越して初めての雪の景色を一目見ようと窓のカーテンを引いてみたががっかりだ。雪などどこにも見当たらないばかりか、空も明るく今日は晴れる予感。
いっとき、晴れ間のうちに風花が舞ったのは救いであった。
孫生えに確たる冬芽帯びる木も
木蓮の芽が目立つようになってきた。
よく見る木の中では、この時期木蓮の芽が一番大きいかもしれない。ちょうど目撃したのはまだまだ壮年期にあるのだろう、大きく刈り込みされても根元からたくさんの枝、孫生えがしっかり伸びていて、その枝にもたくさんの芽をつけている。まことに自然の成長力というのは驚異的ですらある。
なお、「孫生え」というのは春の季語だが、その枝にさえついた芽ということで許されるだろうか。
友の著を書架に見いだす冬日かな
図書館で同級生の著作を発見した。
古事記研究で知られる三浦祐之君の本だ。以前から出雲伝説と史実との関係に関心があるものだから、関係する部分をしばらく閲覧コーナーで読んでいたが面白さにひきずられて、気がついたときは日が傾き始める頃になっていたので、貸し出ししてもらうことにした。