捨てるということ

秋灯や居心地悪き書物増へ

机の上がまた狭くなってきた。

引っ越しの時思い切って本を整理し、書棚も処分してきたのが今になって効いている。アマゾンが手軽なのでつい俳句本、源氏本やらいろいろを買ってしまったり、図書館でいっぺんに何冊かを借りてくるものだから、ばらばらのサイズの本が平積みになってうずたかくなって今にも崩れそうである。
あげく、最近では書斎をはみだして食卓にも進出してきたものだから家人からは小言をもらうし。

ものにこだわる歳でもないと思うが、さて気に入った本はなかなか捨てられないものだ。

地味な花

溝そばの瓶にあるとき重たげに

時期的には初秋の野花である。

水際に咲く雑草とされるせいか、あまり目立たない。クローバーの花のように小さな花が集まっていて、ふつう群生している。
この地味な花の一輪挿しが室内にさりげなく置かれているのを見ると、山村のなかにとけこんで生きておられる主の人となりがしのばれてホッコリとした気分にさせられる。ただ、この花の密度が高いせいか花瓶にいけてみると、瓶のなかに立つというのではなく周りに垂れ下がるのがよけい野の花という風情を増しているようである。

小宇宙

水盤の小さき林の櫨紅葉

茅葺きの古民家を改築した宿がオープンしたばかり。

一日の客は一組限りの贅沢な宿で、主は金峯山寺の行者さんでもある。天井は高く、太くて立派な梁がむき出しである。囲炉裏の設えられた広間は松の床が敷き詰められ、裸足で歩くのが心地よい。
床の間には蔵王権現の御しるしのほか法螺など先達必携の道具が並べられ、鴨居には忍者の里に近いことをうかがわせる武具などもかけられて、その土地の歴史をしのばせる工夫などもされている。
うす暗さにもだんだん目が慣れてくると、水盤に水がいっぱいはられた盆栽が部屋の奥の棚に飾られているのに気づいた。

コンパクトに櫨の木を密集して植えてあり、それらは半ばすでに紅葉し、半ばは紅葉を待つばかりという風情。主、やるなと思った。

晩鐘は鳴ったか

夫の刈るそばから落穂拾ひゆく

夫が鎌で稲刈りをしている。

最近はほとんどが機械刈りで、穂ごとすくい上げてしまうせいか落ち穂拾いという光景はとんと見かけなくなったように思う。やはり手刈りとなると落ち穂も多いのだろうか。夫がまだ稲刈りに余念がないあいだ、妻はせっせとこぼれた穂を拾い集めている。
これ以上は獣たちの好きにはさせないぞとでも言うように。

若き移住者

不揃いにして痩せたるが稲架にあり

若い人が山村に永住を決めた。

初めての収穫だが、鹿やイノシシに蹂躙された晩稲の棚田はみるだに哀れ。残った稲を干す稲架もサイズがばらばらでみるからに素人のものと分かる。
ただ、本人たちはいたって楽観的で、来年はしっかり猪垣対策しなきゃと言いつつの収穫作業を楽しんでいるようだった。

伊賀富士

秋草を尋ねる道の宿遠し

快晴の一日。

名張の市街、遠くには伊賀富士、青山高原が望める山里の吟行である。見晴らしがいいからと案内されて登る径は山神の社に続く径。細くて急傾斜の径は初めてみる秋草でいっぱい。ひとつひとつ確かめては登ったりしていると、どうしても歩みが遅くなる。
グループの人たちにも置いていかれそうなくらい遅れてしまった。

職場対抗の

運動会上司のいまだ健脚なる

かつて企業の運動会というのがあった。

各職場対抗で徒競走、リレー、綱引き、買い物競争、などの毎度定番の競技に加え、大体が家族運動会でもあるので子供さんたちを飽きさせないように模擬店やらフワフワなどの遊戯施設や、子供用種目も用意して参加者には全員に景品、賞品が行き渡るなど工夫もしてみたり。

模擬店で買ってきたおでんなどをつまみに朝から宴会模様の運動会だが、老若男女各層の代表からなるチームによるリレーなどで意外な人がいまだに足衰えずということがあったりして驚かしたことも懐かしい。

この職場運動会の実行責任者として準備に半年以上前から取り組んだ経験があるが、運動会用具一式を貸し出す業者もあって経費はかかるがずいぶん助かったものだ。ただ、当時は今と違って細かな気象情報など得られない。だから、会場の近くに前夜から泊まり込んで空模様を何度も確かめたことも今となっては懐かしい。