斑鳩・法輪寺

風鐸のことりともせで秋深き

終日薄曇り、風もない斑鳩の里はいよいよ秋深く静かである。

斑鳩・法輪寺の三重の塔

時折、柿畑から鵙、溜池ではカイツブリが聞こえる程度。ちょうど今法輪寺が秘仏公開中というのに誘われて門をくぐる。午後も遅い時刻だったのが幸いして、昭和19年に国宝・三重の塔が焼失した際にも奇跡的に助かった飛鳥仏、平安仏にじっくりお会いすることもできた。
昭和50年に名工・西岡棟梁の手により再建された三重の塔を見上げると、軒の四隅の風鐸が夕照に鈍い光をみせている。あの風鐸の音というものを聞いてみたいと思ったが、あれだけ重そうな風鐸をゆらすのは秋の風では無理で、やはり木枯し、北風といった力強い冬の風のほうが似合うのだろう。

甘党

ぜんざいや人生の秋説く君と

久しぶりに梅田に出た。

米子に住む大学時代の友人H君としばし旧交を温めるためだ。兵庫出身の彼が郷里で同窓会に出るのを機会に大阪で会おうとなったわけである。
卒業したあとは、東京勤務となった彼とたしか一回あった記憶があり、それが何時のことだったか正確には思い出せないが第一次石油ショック直後の頃ではなかったと思う。多分それ以来だからかれこれ40年ぶりの再会である。
会うなりお互い「変わらないね!」の挨拶を交わし合うが、お互いに40年経っているので変わらないわけはないのである。同じように歳をとり同じように老けていくのであり、その歳相応の老け具合に両者の差がない、または少ないというだけなのである。これが一方が年齢以上に老け込んだりしていると違和感を感じて、言葉には出さないが腹の中では「こいつ、大病したのかなあ」とか「いろいろ苦難をくぐり抜けてきたんだなあ」と思ったりしながら会話が続いているのである。
今日は二人とも歳相応の老化だったのは幸いだった。

ただ、人生の第4コーナーが見えてくる頃には、酸いも甘いもの経験が醸し出す何とも言えない人間の味というものが沁みだしてくるのが一般であるが、とりわけH君が会話の中でときおりみせる人生の箴言には学生時代、おたがいに当時吹き荒れた学生運動には背を向けて麻雀にうつつを抜かしていた毎日と引き比べて隔世の感を覚えるのであった。

食後は甘味処で、僕はぜんざい、きなこクリームパフェのH君は「でっかいなあ」と言いながら結局は全部平らげた。そう言えば、身長180センチはゆうに超える大男のH君は昔から甘党だったのである。

主不在

無住寺の熟れゆくままの蜜柑かな

寺にかぎらず人家でも最近は空き家が多い。

長く閉門されたままになっている家や寺などで、手入れもしてないと思われる木にたわわに稔った蜜柑や柿などがのぞいていて、そのまま放置されているのをよく見かける。
おそらくは誰も採ることもなくそのまま朽ちてしまうのだろうが、樹木はともかくやがて建物自体さえ廃屋になってしまうかもしれないと思うと暗い気持ちにさせられる。

共生関係

山ひとつ距て神鹿害獣に
駆除といふ法の名のもと鹿撃たる

つい最近も街なかに迷い込んだ鹿が「駆除」という名目のもと撃たれたというニュースがあった。最近は、熊、猪などが人家のまわりに出没しては哀れな末路をたどっている。
かつて長い間うまく間合いを図って共生関係を築いていたものが、ここにきてそのバランスが崩れてしまったようだ。原因はもちろん人間側にあるわけだが、このような話を聞くにつけ国の衰亡、包容力の衰えというものを思わざるを得なくなる。

野を歩く

ことごとに言問ひ歩く千草路

秋野の句である。

初めて見る草、花、草、花、草。
一歩進んでは「これは何と言うの?」とお互いに尋ね合うのでなかなか前へ進まない。
気がついてみると、ズボンの裾、靴紐もひっつき虫でいっぱいである。

古都を染める

櫨紅葉大仏殿の屋根もかな

奈良の秋と言えば南京櫨。

東大寺大仏殿裏の櫨紅葉

カエデより一足早く古都を真っ赤に染め上げる。元興寺の門をおおう南京櫨も見事だが、奈良公園の中でもちょっと外れた大仏殿の裏手、正倉院へ向かう通路の南京櫨の並木などは見事だ。正倉院側に立って大仏殿を振り返ると、黒くて大きな屋根とのコントラストが素晴らしい。色の組み合わせもそうだが、櫨は高く育つので大きさのバランスでも大仏殿に負けていないところがその妙味ではあるまいか。

葉は切れ込み部分がないハート型のようであり、厚みもあって滑らかなので、葉裏までしっかり紅葉するとツヤもいい。中国からの外来種だが、実を鳥が運んで自生することも多く、全国に街路樹としてもよく採用されているということだ。
実はまだ青かったが、これが初冬、葉を落とす頃には白くなって蝋燭の材料となる。

暮れかねる

飛行機雲綿になりけり秋入日

朝と日中の寒暖差が大きい日だった。

薄いとはいえ、やはりダウンジャケットだ。ちょっと歩いただけで汗ばんでしまうのには参った。
この日、先日の中学のクラス会で会ったT君と語らって秋の奈良を満喫した。朝から石上神宮の秘宝「七支刀」が目当ての「大古事記展」、三年ぶりに公開された正倉院、そして恒例の「正倉院展」をめぐればもう午後3時。家に帰り着く頃はまだ日が残っていて、きらきらと輝きながら西の方へまっすぐ伸びてゆく飛行機雲が、やがて風に流されて太い棒のように形を崩していく。