無農薬

泥浴ぶる妻をいたはり田草取

いまどき珍しい光景かもしれない。

農薬によって昔に比べたら田の雑草を取る苦労がかなり緩和されていると聞いたが、ここ無農薬で頑張っている田では一回目の田草取りが行われていた。
二株ほどを束ねた苗もその三倍ほどに増えて(これを分けつという)、まだしばらくは増え続け、五六倍ほどになったらいよいよ出穂の時期を迎える。背はまだ苗の頃と変わらないがこれから一気に背が伸びて植田から青田に変化するときでもある。
機械が使えるようになったので昔のように一日中腰を曲げる必要もなくなったが、それでも苗の間の泥に足を取られながらくまなく歩くので大変な作業に違いない。
二回目は果たしていつ頃になるのだろうか。

火も亦涼し

炎天を来て住職の背の正し

一足早い盆供養。

昨年副住職から住職になられてますますご多忙になられたのであろう。
例年お願いしている盆供養が新盆よりさらに10日も早い日程となった。
いつも思うことだが、この方はいつお出でになっても汗ひとつ見せず、常に涼やかな佇まいでおられる。
毎年冷たい飲み水を差し上げるのだが、いっさい口にされない。何軒も参られるので控え目にされているのであろうが、やはりお山で厳しい修業をされてきたたまものであろうか。
凡人にはとうてい真似できることではない。

手口

熟れたれば烏うかがふトマトかな

各区画で被害が出始めた。

初日は胡瓜、二日目はトマト、そして吾がトウモロコシ。
手口からすると、どうやら子供の烏のように見える。成鳥は熟れたものだけ鮮やかに盗み食いするが、此度はそれほど甘くもない未熟なものに手当たり次第手を付けているようである。

烏の侵入口は天敵がいないことが第一条件で、通路に近い部分が真っ先に狙われる。そこで、昨日中に応急措置を施したので、今日雨の間を縫って検分にいくとどうやら今のところ被害は広がってないように思える。
この前線が離れたらもう少しまともな対策を考えねばならない。

折り返し

喜寿半ば三輪山を遙かに夏越飯

一年の折り返しの日である。

喜寿も無事半ばまで何ごともなく過ごせてきたことを感謝しなければならない。
茅の輪をくぐって夏越しの祓えを受けないところだが省略。その代わり、畑の夏野菜をかき揚げにしてご飯にのせ夏越しご飯としていただいた。
胡瓜も茄子も、満願寺唐辛子、獅子唐も大変美味しくいただけることにもまた感謝。
殘り半分、また気分一新して過ごせればと思う。

鳥害

汗のシャツ朝に替へては昼もまた

汗に風が心地いい。

さいわいにも風があって野良が苦にならない。
午前中そして午後から、日に二回も汗をかいて今晩はぐっすりと眠れそうだ。
昨日夕立がきたので二日ぶりの野良だが、最盛期の胡瓜がお化けになってしまっていた。
鴉にいたずらされた区画もあって、これから収穫を迎えるトウモロコシやトマトも安閑としていられない。

適温

魚の焦げ閉ぢこめしまま冷房裡

今年初めて入れた。

ここ二日ほど急に蒸してきて、それでも夜の外気が落ち着くので我慢していたのだが、今日は夕立のあと一転して風が止んだのでとうとう夕方から冷房にスウィッチが入った。
これで今年の長い冷房生活が始まるわけだが、ただでさえ出不精なのにさらに追い打ちをかけることになりそうである。
最強の断熱構造をもつ家でもあり、まだこの時分では冷房を入れた途端すぐに効いてくるが、長いと予測される真夏にはさてどうなるやら。
冷房な苦手な猫どもはちゃんと居場所を心得てめいめい難を避けているようである。人の快適な温度と猫族のそれとは微妙にちがうが、うまく折り合いをつけながら互いにこの夏を乗り越えたいものである。

山は動くか

強者が一夜の夢の明易し

機を見るに敏な御仁であろう。

同調するもの少なく形勢不利と見るや、一日も経たずして兵を引いたとか。
こちらは情報がまったく入らないから、この先どうなることやらなかなか寝つかれない夜だった。
もしかしればこれがかの大統領の終わりの始まりかもしれず、これからも目は離せない。
民衆が反乱軍を歓迎したという報もあり、とくに戦線に近い南部の国民の間には厭戦気分が広がっているのかもしれない。
選挙も近くなってきて成果を上げようともがけば山が動くこともあろう。