鴨族

降臨の神話伝ふる山眠る

午後から葛城・御所方面を走った。

葛城・金剛山の麓は弥生時代から農耕集落が形成されていて、古代王朝の有力な豪族であった土地である。ただ、藤原家と天皇を頂点とする律令制度のもとで記紀が編纂される頃には勝者の論理で歴史が大きく書き換えられたせいだろうか、歴史の継続性という観点からはどうしても理解できない話が多い。

ただ、平野部には神武が国見をした国見山があるし、その辺り一帯が今も秋津洲と呼ばれていること、その秋津洲には景行天皇の息子・日本武尊の白鳥陵があること、御所の九品寺の近くには第二代綏靖天皇の宮址があるなど、初期王朝の拠点であることは間違いない。したがって葛城一族(鴨族)というのは初期王朝では重要な役割を負っていたと考えるのが自然で、4世紀から5世紀にかけて百済の歴史書にも顔を見せる葛城襲津彦や、その娘で仁徳后の磐之媛の存在などかなりの権勢をふるっていたのは間違いない。

さらに、葛城の一言主神は「宋書」や「梁書」に「倭の五王」中の倭王武であるとされる雄略と対等に勢力を張っていたとされるが、やがて一言主神が土佐に流されたという話が伝わるので、おそらく雄略のころあるいはそれ以降に大和王朝の拠点が初瀬地区に移ったものと考えていいと思われる。それ以降は王朝拠点が葛城に戻ってくることはない。

今日は鴨族の神が祀られた高鴨神社(高鴨社)、鴨都波神社(下鴨社)を訪ね、高鴨神社からは秋津洲の眺めを楽しみながら国見山、白鳥陵まで足を伸ばしてみた。暖かくなると格好のハイキングコースにもなる。

築地塀の中で

姫石榴実の裂けしまま冬枯るる

姫石榴というのは園芸品種で、名の通り花も実も小ぶりで鉢仕立や庭植えにされる。

したがって、実を収穫して食するなどということは期待されてないわけで、たまたま見つけたものは霜に打たれたりして紅黒くひからびた姿をさらしているものだった。

白い築地塀のなかの光景で、かたわらに若々しい蕾を次々に開かせている蝋梅があった。

よいお年を

ゆくりなく拾ひし命年送る

それは、まったくの幸運だった。

たまたま半年の間隔をおいて心電図を取ろうということになり、その結果をみてすぐに主治医の先生が精密検査をしようと言い出したので驚いた。半年前のデータより内容が悪くなっているからということだった。精密検査の結果、カテーテル検査しながら場合によってステントを挿入するという。
あとでこそ「そうだったのか」と思えることも、そうといわれなければ自覚症状というのは全く感じていなかったのでひどく驚いたが、話を聞くと手術の中でも一番痛くない手術だそうで、検査の途中で思いがけない問題が生じない限りたいしたものではないという説明を信じて全てお任せすることになった。
確かに、手首から挿入するカテーテルのために局部麻酔注射のときだけチクッとしただけで、あとは全く痛みというのはない。強いて挙げるとすれば、新米らしき看護士が点滴のために射し込んだ針がうまくいかなかったようで、周囲が青丹になったうえちょっと動くたびに痛い。その痛みは退院するときに外してもらうまでずっと続いた。

いずれにしろ、この程度の痛みで命が救われたのだから良しとしなければいけない。
まして、「仲秋や吾を貫くカテーテル」を授かったのだから感謝さえも。

さて、今年もみなさまにも色々励ましを受けて、何とか無事に年が越せそうです。
今年一年拙い俳句におつきあいいただきありがとうございました。

どうかよいお年をお迎え下さい。

すべり台

すべり台殿の子の着ぶくるる

奈良まちのある公園での光景。

保育園児十人ほどと保母さんが奈良公園の外れの小さな公園で遊んでいる。
めいめいの子をそれぞれ好きな遊具のところで遊ばせているのだが、そのなかですべり台の3,4人の子が目に映った。
すべっては登り、すべっては登りしているのだが、ダウンのコートを着た子がいつも決まったように列の最後なのである。

しまいにはすべり台にはすぐ飽きたようで、シーソーの方へ走ってゆく。

着ぶくれの子のすべり台すぐ飽きて

授かるということ

鶴翼の右より崩れ鴨の陣

月末は娘たちも来て慌ただしいので、俳句会への投函をいつもより早めに済ませた。

年賀状も余裕をもって、そして同窓生仲間との句会にも早くに投句したし、なにやら余裕の年の暮れである。これが仕事に追われる現役ならばこうはいかなかっただろう。
精神的にゆとりがあるせいか、大和川の鴨たちをしばらく観察していたらすっと掲句を授かった。自分で言うのも恥ずかしいが、今年のベスト・トゥウェンティをまとめた後だが、実はこれが俳句を作り始めてナンバーワンの出来ではないかと思うのだ。主観の混じらない、ただ見つめるだけで授かったと初めて感じることができた句であり、「客観写生」とはこういうことかとさえ思える「降りてきた」句なのである。
人からみると単なる類句、月次の句だと笑われるかもしれないが、自分としては短詩系のポイントである「驚き」「発見」を具現化しえたものだと信じたい。これからも自然体で対象に向かうことができるように鍛錬せねばと思うのである。

今年はいつもより小ガモが多く飛来していて、方陣とも円陣ともつかずに群れていた。一方で、やや大きいヒドリガモが拾い川幅いっぱいにV字を浅くした形で、まさに鶴翼然とした堂々とした陣を上流に向かって進んでいるかと見ているうちに、みるみる右端の鴨たちが川の中央へせり出してきてあっという間に崩れてしまったのだった。

年越し奉行

妻の差配従うもまた年用意

台所の換気口掃除が終わり、今年最後のご奉仕が終わったようだ。

年末の妻の手際のいいことはすでに書いた。
一方の僕はと言えば、指示されたことを淡々とこなすだけ。「あれをやれ」と言われれば黙々とやるし、「あそこへ行け」と言われれば素直に行く。この「淡々と」「黙々と」「素直に」が非常に大事であるのは言うまでもない。

おかげで、我が家の行く年来る年への切り替えはトラブルもなくいつの間にか終わっているという案配だ。

予定より早めて明日、娘夫婦が来るというメールが入った。どうやら腰落ち着けてというわけにもいかず、ちょっと忙しくなりそうだ。