グラデーション

初時雨もみじ葉流る佐保の川

朝のうちほんのいっとき冷たい雨があった。

庭の紅葉が見事に色づいて、小葉団扇楓は枯らしてしまったが板屋名月が日に日に本来の紅葉ぶりを発揮して、玄関に出るたびに楽しんでいる。
わずかに雨をのせた葉はしっとりとグラデーションの美しさが際だってきて、あと数日で散る最後の命の輝きを見せてくれている。
佐保川の桜紅葉も今年は見事なもので、川面にもちらほら散りかけているようだ。

童謡

凩の身ぬちの洞を吹きすさぶ

焚き火もうっかりできない時代となって久しい。

落ち葉を掃いて落葉焚き。こんな光景も見なくなって久しい。
「たきび」という童謡の世界に出てくる世界もどこか遠い時代のような話で、しもやけなどは今の子供たちはもちろん知らないだろう。
それでも学校の音楽の時間には唄っているのだろうか。

自己防衛

寒風を来て検温器前に立つ

想像していた通り歯医者待合室の窓が閉められていた。

夏から秋の間は窓を開け放して三密の密閉状態を避けていたのだが、ぐんと寒くなってくるとともに曖昧になってきたのだろう。
札幌では再びコロナ感染が急増していて冬のすすき野で窓なんか空けてられないだろうに、営業自粛ではなく時短営業という生温い対策で終わっていて本当に大丈夫なんだろうか。
大阪は都構想とその後のIRしか頭にない府市のアホ首長どもが住民投票にうつつを抜かしているあいだに、今日はとうとう256人の感染確認。東京は317人だというし、いよいよ今冬は正念場を迎えそうである。
気を緩めないで自己防衛に徹しようと思う。

お気に入り

たたまれしままのセーター捨てられず

気に入ってるセーターが箪笥に眠っている。

外へ、それもよそ行きの格好で出ることが全くなくなったので、着る機会がないのである。セーターというのはご存じのように普段着に着てしまうと、毛玉ができたり、糸が伸びたりして長持ちしないのでどうしても遠ざけてしまうのである。一番傷むのが肘の当たりで、この辺がすり切れやすい。
ユニクロという革命児がフリースとかヒートテックとか新しい素材で安いのを提供してくれて気軽に着られるという利点でもっていっぺんにファンになってからは、お気に入りのかずかずのセーターは着られず仕舞いとなってしまった。
ならばさっさと捨てればいいのだが、お気に入りだけにもしかしたら着る機会があるかもという気持ちがそれを許さないのである。

起きるか否か、それが問題だ

撥ねのけて蒲団出る気の充つるまで
羽蒲団五分とたたず寝落ちたる

すぐ寝入ることができるのはありがたい。

問題は冬場の起きるときである。
思い切って蒲団を跳ね上げて起きる勇気が満ちてくるまでには少々時間がかかる。起きてしまえばあとはすばやく着替えをするだけだから、とっとと起きてしまえばいいのだが、これが分かっていてなかなかできない。

冬場所

触太鼓市中めぐらぬ十一月

今日から冬場所。

新コロナの影響で場所を福岡から両国に移しての開催だが、初日前日に市中を練り歩く触太鼓も見られないのもまた寂しい。
土俵祭で、土俵周りをめぐるだけとなっただけでもよしとしなければいけないか。

トウカエデ

温かき雨夜の音に冬立ちぬ

意外に温かい雨である。

暦では今日から冬と言うことになるが、町は今紅葉の盛りで息をのむような美しさである。このような街の紅葉が素晴らしい年は何年ぶりであろうか。
とくに、唐楓と言うのだろうか、これが奈良の街路樹に多く使われており、紅葉時のいまだ緑の混じる時期が最も鮮やかで目を引く。
築40年くらいたったと思われる大きな団地では、これに紅葉や桜や花水木が加わって遠くに行かずとも楽しめる。