初桜

春雨の暗きに深き平群谷

雨の中、平日の都会に久しぶりに出た。

途中雲が低くのしかかって平群が静かだ。生駒も半分くらいは雲に覆われている。
竜田川(実態は生駒南から平群谷を下ってくるので平群川と言ったほうが分かりやすい)をさかのぼるように電車は生駒に向かい、途中隘路になったような渓谷が深く切れ込んだあたりが、役行者が修行したと伝わる女人大峯山「千光寺」への上り口となっている。
ここは春の新緑、秋の紅葉がすばらしく電車で通過するたび窓外に目を転じて楽しんでいる。はしなくも今日その渓谷を渡るあたりで勸請縄がかけてあるのを発見して驚いた。あっという間のことだったので何をどこから守ろうとしているか、何も分からず仕舞いだったので、あらためて訪ねてみようと思う。
帰りには雨がやんでいて、生駒の中腹から盛んに雲が湧き、平群谷は春の地熱に包まれているような柔らかさがあった。

山ひとつ越えて家路の初桜

駅に着いたら朝には気づかなかった桜が一輪開いていた。染井吉野はまだだが、早桜はもう始まっている。

雉走る

立姿佳き裸木に囀れる

ここんところ囀りを聞くようになった。

今日の主は櫟の大木のホオジロ君。
最初はこの木に啼いていると分かっていてもなかなか発見できなかった。何人かが木を見上げるようにして通り過ぎてゆくが、そのなかのご夫婦があそこだと教えてくれて、ようやく枝でうまくカムフラージュされてるのを見つけることができた。
特別史跡「巣山古墳」の濠でも、鳴き交わすようなカイツブリの番。

今日は久しぶりに多くの鳥たちが顔を見せてくれて愉しい半日だった。
なかでも、10メートルほどの距離をおいて菜畑から赤い鶏冠が出て、やがておそるおそる出てきた雉の目と目が合ったときの彼の緊張ぶりがおかしかった。「雉も啼かずば撃たれまいに」ではないが、人家に近い田や畑をぶらり散歩していて危険な目に合わない方がおかしく、人が来ても飛び去るでなく、用水路に隠れたり菜畑に逃げ込んだり、その何となく不器用な生き方に声援したくなった。

粗鋤の田を蹴り雉子のひた走る

雑草魂

遠目には銀の毛布に蓬出づ

カラスエンドウだの、いろんな草がどんどん萌えてきた。

そのなかで、蓬もおのれの場所を確保しようと負けずに顔を出してきた。
よく見ると、若葉はやや白味がかっていてちょっと離れてすかし気味に見ると、まるで銀のカーペットを敷き詰めたような輝きをみせる。他とはまったくちがった印象なので、遠くからでもすぐに在処がわかるのは面白い。
今日も、鷹を見つけた。その直前にツグミの群れが騒がしく移動しているのでなにかあるなと思ったのがこれだったのだ。
食物連鎖の頂点にいる王者が、悠久のヤマトの空を悠然と旋回してゆくさまはどこか感動的である。

鉄条網

鳥せせるたびに揺れたる芹の水

灌漑の水に芹が密集している。

田植えが近づくまではきっとこのままだろうが、実際に水を引いたときこの芹の群れはいったいどうなるのだろう。おおかたは刈られてしまうんだろうなと思うと気の毒だが、鉄条網が張られているので摘んで帰るわけにも行かない。
日に日に緑を濃くしてゆくようだし、あれをさっと茹でてお浸しにでもしたらきっとうまかろうに。

棲み分け

眠りたる里田の畦の雉子かな

「きぎす」、雉である。

探鳥会ではるか先の畦を悠然と雉が歩いているのを発見。
一段高い道路を隔てて倉庫めいた建物があり、人がいるというのに実にのんびりとしたものだ。
しばらく畦を逍遥するかのようにゆっくり移動していたが、やがて藪の中へ姿を消した。
古墳公園の林と里山の境界のような場所での発見である。
雉もまた人間のすぐ近くで棲息する生きものである。

体感温度

干からびし鵙のはやにえ春寒し

野鳥の会の探鳥会に参加した。

場所はいつもの散歩コース。
行くたびにいろんな鳥を見るのだが、名前の分からないものが多いのでいい機会だと思ったからだ。
見つけられた種類は35。一人で歩いているととても見つけられない遠くのものや、藪の中のものなど、ベテランがつぎつぎに教えてくれる。鷹にいたっては大鷹、ハイタカ、チョーゲンボウと豪華な配役で。
はやにえの現物を教えてくれたのも会の指導員の方だ。
枝に刺しておいたものの食べられずに放置されていたのか、干からびてしまったバッタなど。
天気予報では12度とあったので、昨日同様暖かいかと比較的軽装で出たのだが、風が強くなって体感温度が下がる一方で辛い探鳥会となったが、歩数一万三千歩をなんとかクリアできて今日はよく寝られそうだ。

耳を疑う

行き交ふる人とうなづく初音かな

囀りも初音も。

風ひとつない穏やかな日。気温もぐんと上がって桜が開いてもおかしくないような日和である。
とくに鶯はこれが初音かと耳をうたがう熟練の域に驚かされる。
別な場所でも二回目の鶯を聞いたが、こちらは幼くていかにも初音という風情。
初音の林では種類は不明だが明らかに鳥の囀りも聞こえてきて、人の皮膚感覚ではまだ冬のようなものだが自然界はすでに春が満ちてきている。

季節先取りする必要はないにしても、自然界に敏感に反応して季節との交わりが楽しめるたら毎日が潤うことだろう。そのためにはせっせと外を歩いて自然と直にふれあうしかないのだ。