スケール感

峰雲の群像かなた副都心
峰雲の都心に吸はれゆく電車
雲の峰都心は今日も人熱れ
峰雲の頭流れて一ㇳ日果つ

関東平野はいつもどこかに入道雲がわいている。

広い平野だから、どこに湧いても遠くからでも見えるのだが、北から見れば南に、東から見れば西に、西から見れば東に多い。つまり都心の上には毎日のように入道雲がかかるようだ。
入道雲が進むと積乱雲になり、いま問題のゲリラ豪雨をもたらすわけだから、ヒートアイランドの熱が片寄せされる練馬とか川越とか、都心と埼玉の背骨を結ぶ線には頻度が高いのかもしれない。
遠くから見るぶんには入道雲は勇ましくていいが、その直下となると頭上に入道雲がかかっているなんて想像もできないし、それよりも雷さまがゴロゴロ鳴っているかもしれない。
山に囲まれている奈良盆地は見通しが限られることもあって、スケールにおいて劣るものがあり、やはり入道雲は広い大地にこそ似合うような気がする。関東平野の入道雲が懐かしい。

依然夏バテ

痩身の脛を蟻這ふ昼寝かな

機密性の高い家でも蟻は入ってくる。

玄関ドア、窓枠など完全密閉では開けることができないだろうから、僅かの隙を狙ってくるのだろうか。一番可能性が高そうなのは、窓を開けているときで、サッシの溝からの侵入であろう。
大挙して入ってくるのではなく、斥候部隊として密偵が忍び込んで餌になりそうなものを探しているに違いない。
猫どもも蟻くらいでは騒がないようで、気がつけばすぐ体のそばを通り過ぎてゆくときがある。
夏バテの昼寝のあとに、蚊ではなく蟻に噛まれたような跡を見つけることがある。

最後の夏

子の名前言へてしきりに暑がれる

母の最後の夏のこと。

家中のエアコンを動かして冷房を効かせているのにしきりに暑がった。
また、50才くらいから始まった難聴は、すでに完全に聞こえないレベルにまで進んでしまって、筆談でしか会話できない。おまけに認知症も加わっていて、会話は何度も何度も同じことの繰り返しだ。
ただ、救いだったのは、自分の子、孫の顔や名前をはっきり認識できていたことだ。親子、肉親と最後に暮らすことになって、少しでも気兼ねなく過ごせてもらえたと思いたいし、孤独感も幾分かは緩和されたろうと思いたい。

1300年前の朱

丘あらば盗掘されて風晩夏

朱雀の絵が奇跡的に残った。

キトラ古墳は南壁側から盗掘されたが、その箇所はかろうじて四神の朱雀を外れていたので、1,300年たった今でも鮮やかな朱色を目前にすることができる。
なんでも、南壁は「閉塞石」と呼ばれ最後に閉じられたが、絵はその前に外で描かれたので四神の中でも出色の出来ということだ。力強い線で輪郭を描かれ、羽根や蹴爪などは今にも飛翔しそうな躍動感にあふれている。
高松塚の南面にも朱雀の絵があったが、こちらは盗掘の際完全に破壊されているので、キトラの朱雀は奈良時代のものとして貴重な存在とされる。

いずれ残り三面の公開もあるだろうが、黴びなど管理の問題があって、明日香以外の場所でとなると難しそうだ。次の公開の機会があればそれも逃さず見てみたいと思う。

血液検査

夏痩の腕の血を吸ふ注射針
夏痩の静脈探るナースかな

健診を受けてきた。

体重計の針をみてびっくり。
何十年と変わらなかった体重が、思いもよらず急な減り方をしているのだ。そんなことなど何の自覚もなかったので、よけい動揺してしまった。とっさに浮かんだのが、不吉な予感で、かかりつけ医に相談すると、
「食欲もあるようだし、胸の音も全く問題ないし、見た目からして何も心配することはありませんよ」
「そんなに心配なら、血液は採取してありますから一応腫瘍マーカーの検査も追加してみましょう」
と、一笑に付された。
結果は明日にでも出ますので、もしもそうならすぐに連絡しますと言って返された。

それから3日ほどたつが、ドクターからは何の連絡もない。ただの夏痩せなんだろうけど、それにしても3キロ以上も痩せるというのは、熱中症寸前までいったことも考え合わせて、体力ががた落ちしているに違いない。老いるとは、体力のなだらかな衰退、衰弱を意味するのではなく急激に訪れるものらしい。

墓穴を掘る

自堕落な寝姿も見せ暑気中り
暑気中りあはや救急車の世話に
暑気中りすんでのことに熱中症

穴一つ掘っただけでばてたみたいだ。

体が浮いたように感じるし、頭はぼおーっとしてくる。
なにかいつもと違う異変を感じたので、タオルを額に載せて畳に寝そべり、両脇、股を広げて風を送る。
急におかしくなったので暑気中りなどと呑気なものではなく、もしやこれが熱中症の兆候かと、リンパを冷やし体の熱を逃がさねばと思ったのだ。

二、三時間ほど横になっているうちに、あれほど濡らしたはずのタオルが半乾きになっていて、ようやく我に返ることができた。
振り込め詐欺同様、熱中症のニュースを他人事のように聞いていたが、すんでのとこで救急車のお世話になるところで、
ともかくも墓穴を掘らずに済んだのはよかった。

海辺の花

貝拾ふ海桐の花の径かな

海岸地帯に密集している。

低く広がっているが、流木や貝を拾ったりするために浜へ降りるなどして踏み固められるといつの間にか一人分だけ通れるような小径になっている。
車輪梅も海に近いところに見られ間違いやすいが、車輪梅は5月頃、海桐は6月から7月頃にさき、花の色が白から黄に変わる。