しのぎ

腐葉土にものの芽出づる林かな
ものの芽の雑木林のしのぎかな

「ものの芽」とはいかにも俳句に似つかわしい言葉である。

草の芽でもなく、木の芽でもない。それらすべてを総称して、春に萌え出るものを言う。
何の芽と言わぬところに俳味が生まれる。
今日は、こんなものの芽もあるという写真を付けた。団栗の発芽である。殻を割った芽は、まずは土にさし込んで踏ん張る足場を確保するようである。芽と言うよりは、根と言うべきか。
昨秋落ちた実がいっぱい転がっていて、それぞれが競うように発芽している。どれも成長するという保証はないが精一杯命を尽くしているのだと思うといじらしくなってくる。

大地が光る

日の力増して影濃くクロッカス
飛び咲ける花洎夫藍に目を移す
しゃがむるに髪かきあげて花洎夫藍

クロッカスの和名は「花さふらん」である。

だから、ホトトギス歳時記では「花洎夫藍」は「クロッカス」の傍題として採り上げられている。
いっぽう、クロッカスと同属のサフランは、秋咲きであること以外に大きな差はないが紛れやすい。
地面すれすれの低い丈に細い葉を伸ばし花を咲かせる。地面から直接湧いてくるような錯覚を覚えるほどだ。球根性で手入れや鑑賞は腰を落としてしゃがみ込まなければならないが、光の強さが増してくるようになると、一斉に白や黄色が花開き地面は賑やかになる。
蕗の薹も地面にぽっかり顔を出すことを考えると、両者は大地に春が来たことを告げる先駆けと言えるかもしれない。春告げ鳥はウグイス、春告げ魚はニシンまたはメバル、春告げ草は梅とされ、いずれも春の先駆けとしての代表だが、大地に限って言えば花洎夫藍だって春告げ花なのである。

調べたら、一昨年もこの頃クロッカスの花を採り上げている。発想には進歩がなくてやれやれである。

水の底

隠沼の笹濁りして蘆の角
漣の間に角出て蘆の芽組かな

早春に、水辺にみられる蘆の芽を「蘆の角」と言う。

ツンと天を突くように伸びる芽が細いので「角」というわけだが、これは俳句独特の言い方である。
写真は蘆ではないが、たまたま訪れた公園の池で発見したものである。おそらく菖蒲の芽であろうと思われる。水の中でも浅いところは光が充分届くようで、水中に多くの芽吹きが見られる。
徐々に水が温むようになると成長のピッチも上がることだろう。

特産和布

干和布添へて漁協の引出物

漁協で新組合長の披露があった。

宴のお開きとなって招待者に持たされたのは特産の和布である。
ここは、和布と穴子が有名な浜で、夏祭りには穴子の白焼きが引き出物となる。
海に面して操業する会社にとっては、漁協ともうまくつき合わなければならない。
予断を持たず、正面から向かい合うことが信頼を深めることを学んだ3年間であった。

さし込む光

北窓を開けば寝屋の黒光り
北開く家の光の雑誌棚
北開く壁に農事の暦かな

今どきの家に冬季に北窓を塞いだりすることはあるまい。

かつての日本家屋はすきま風が入るのは当たり前で、冬準備として北側の窓に目張りをしてすきま風を防いだものという。
したがって、「北窓を開く」というのは、春になって、今まで閉じこめていた北側にある部屋の目張りを剥がしたり、立て込めてあった雨戸を開いて、北向きの部屋に明るさが戻ってくる喜びを表す言葉である。
古民家や古い農家などでは、北側というと納戸があったり、寝屋を配したもので、叔父の家では寝室に町では聞いたことのない「家の光」なる暦などがかけられていた記憶がある。
当時から今日まで、「家の光」とはてっきり天理教などの宗教団体の類いとばかり思っていたが、確かめてみるとなんとJAの文化・出版事業を担う「家の光協会」のことだった。山奥で細々と営む半農半林のつましい暮らしに、ラジオ、新聞と並ぶ貴重な情報源だったのであろう。
北窓を開けるのと同様、何百年と続いてきた山村の変わらない暮らしに新しい光をさしこんでいたとも言える。

磯日和

磯日和独りほまちの海苔を掻く

磯うらら。

風の遮られた磯は一足早く春の気配。
潮の引いた磯には青いものがついて、これを目当てに来ている人がいる。
だだっ広い磯にただ独りしかいないので、磯がよけい大きく見えるし、人はよけい小さく見える。
用意した笊はごく小さなものだから、収入を得るための海苔掻きではあるまい。今夜の膳の汁にでも供するのだろうか。

ダムの活用

公魚の群に手返し忙しき
ダムアーチ避けて公魚探りゆく
結氷の緩び公魚舟溜まり

公魚は春の季語だ。

もともと北日本の魚で、産卵のため早春に海から川をのぼってくるからだ。近年は養殖されて、山間の湖沼やダム湖などでは公魚釣りの釣り場としても人気が高い。
氷の上の穴釣りがよく知られるようになって、むしろ冬の魚かと勘違いしそうだが、結氷しない湖沼などでは秋から四月頃まで釣ることができるようだ。
奈良県では、吉野川の水を引いた灌漑用津風呂湖などが知られている。貸しボートもあるが、桟橋から糸を垂れるほうが簡単で人気が高いとか。