すばしこい

来合はせた小鳥数へてみたりけり

いつの間にか小鳥が下りてきたようだ。

最初は、エナガとかシジュウカラの仲間だからみな小さい。
その小さなのが、葉の茂った枝から枝へせわしなく移動してゆく。
天敵に襲われないように用心しながらの採餌行動であろうが、何とも忙しいものだ。

ちなみに、一群れ何羽くらいいるのかと数えてみたが、それぞれじっとしてないのでとても正確にはとらえられそうもなかった。

バネ

ライバルの勝相撲見る負け残り

思いもしなかった豪栄道が優勝した。

しかも、全勝である。本当によくやったなあと思う。
新入幕での圧倒的なデビューの印象が強かっただけに、その後の相撲には落胆していたが、今は珍しくなった泣き言を言わない力士だったようで、怪我のこともひとつも聞こえてこなかった。
勝相撲と言っても、かつてはインタビューでも「はい」しか言わない無口な力士が多かったが、今は外国出身力士ですらスラスラとよくしゃべることが多い。豪栄道の優勝インタービューでは、喜びも控えめに昔タイプの受け答えに好感をもてたが、そのなかでも苦節の日々の悔しさをもらす言葉が印象的だった。また、「やっぱりダメ大関と言われないように」とは心からの言葉であろう。こういうお相撲さんは好きだ。
稽古をしっかり積んで来場所につなげてもらいたいものだ。

いっぽうの、半年にわたる大関候補であった稀勢の里の綱取りは白紙に戻ったようである。
千秋楽に敗れたあと、勝ち残りでライバルの晴れの全勝優勝を見届ける気分はどうだったのだろうか。
来場所では、まだまだ反発力が残っていることを証明してもらいたい。

全勝

内線に受くる辞令の冷やかに
内線で決まる人生身に入みて

秋独特の季語に「身に入む」、「冷ややか」がある。

それぞれ、通期の日本語としても存在すると思われるが、俳句では秋のものとなっている。
これは「秋のあわれ」といつの間にか結びついたものと考えられるが、平安時代の歌には盛んに「身に入む」が秋と結びつけて詠まれているところから来ているとされる。
いっぽうの「冷ややか」も冷たい視線を言うという意味では通年にあるが、元は秋になって皮膚感覚で「冷たく」思ったり感じたりすることで、初秋の「新涼」に始まり、「秋冷」、そして晩秋の「そぞろ寒」「やや寒」「肌寒」「朝寒」に連なる語である。

掲句は、サラリーマンがなかなか重い辞令を受け取ったときのものを、二つの視線で詠んだものだが、実際には遠く離れていない限り電話一本で辞令を伝えられるわけではないだろう。
ただ、電話で上司の部屋に呼び出されたときというのは心のさざめきもあって、告げられるまでは「どうか悪い内容ではありませんように」と祈りながら向かうのである。
何回か内線電話で「ちょっと来い」と呼ばれたことがあったが、我が戦績は四勝四敗くらいであったろうか。豪栄道のように全勝とはなかなかいかぬものである。

秋風のしみる辞令となりにけり

話変わって。
バリバリの中堅で頑張っているころ、突然労組幹部から電話で呼び出され、組合専従の打診があった。
当時、労使関係はそれまでの蜜月関係に微妙に揺らぎを生じており、難しい局面が予想されることもあってとてもその場で受諾することはできず一旦は保留したのであるが、実はすでに事前に会社側の了解をとっている事項であり実質的に拒否できない、拒否するなら退職を覚悟しなければならなかった。
以後六年間を想像だにしなかった分野で過ごすことになるのだが、これがいろんな意味で以後の人生に大きな影を投げかける結果を生むこととなった。なかんずく、三年間を上部団体に派遣され、組合の文化活動の拠点となる雑誌編集に携わったことで、文芸、芸術関係の一流の先生方の謦咳に触れることができ、たとえばものを書くことも苦ではなくなったのが、このブログにつながっている。

販促品

もてあます秋の扇の香りかな
秋扇の強き香りをもてあます
手のものをなんでも秋の扇かな

扇子というのは買ったことがない。

たいていは、営業の販促ツール、景品などでもらったもので間に合わせている。
使う頻度もそれほどでないので、けっこう長持ちしているし、機能としてもそれで十分なのであるが、困るのは薫きしめてある香りだ。
それこそ、暑いときには夢中で扇いでいるせいか気にならないが、秋ともなるとその香が「強い匂い」に感じてしまい、狭い室内などでは使うのもためらわれてくる。
何年たってもその香というのは消えないもので、サラリーマン時代に使っていた扇子にも未だにほのかな香水の匂いがする。

他にも、ひょっとした機会にもらった、殺し屋と異名をもつ有名碁士のサインがある本格的な「扇」がてもとにあって、これには勿論香水などついてないが、人前で広げるのにはちょっと恥ずかしいものがあり、結局今は扇とは縁遠い日々になってしまっている。

滅ぼしてはいけない辺境

長老は早よに酒盛村祭

何の役も持たなくなって気楽な身分である。

祭の大方は青年、壮年に任せ、輿を見送ったら宮入までもうやることがない。
となると、社務所の一画で早々と酒宴となる。

片付けがすべて終わって、主役たちの酒宴がようやく始まろうかという時間にはもう出来上がり。
口の煩いのが早々と沈没すれば、あとは若い人たちの無礼講。

こんな緩い時間が流れるところは、「辺境」にはまだあるのだ。

知られざる見どころ

国原は初瀬や當麻の曼珠沙華

今日は榛原の定例句会。

桜井市の初瀬街道は左右に目移りするほどの曼珠沙華。隠国の棚田はさぞかしといよいよ期待が高まったが、案に反してほとんど見られない。
この棚田の曼珠沙華というのは、段々があることによって畦に沿って斜面ができるのがミソで、とくに棚田を下から見上げるときが一段ときれいにみえるのである。
飛鳥の稲淵のような棚田というほどのことはないにしろ、二上山、あるいは葛城山から盆地中央にかけてはなだらかな斜面が続くので、當麻のあたりも曼珠沙華の知られざる名所、あるいは見どころだと思う。
盆地の稲刈りは遅いので、田はまだ完全な黄金色ではないので、黄緑のなかに赤く帯をしめたような景色のコントラストは何とも言えない風情がある。

十四も十五も同じようなもの

待宵の肴はとくにこだわらず
待宵や酔うて知足のなほ遠き
待宵に知足の心ありにけり
待宵の茶粥の釜につきっきり

とっくに終わってしまった陰暦十四日だが。

今月の兼題ということで二つ、三つ作らねばならない。
傍題に「小望月」があるが、名月を前にした夜あるいは月を詠むわけである。
お月見は芋を供えてお団子あげて、それは静かな佇まい。それを待ち遠しい気分で詠むのが本意である。
ただ、根っからの信心不足の罰当たりと来た日にゃ、月見酒の日であるくらいにしか思ってない。
十六も十三も、月が出たといっては酒を飲む。
口実は何でもいいわけで、酒さえあれば肴など何でもいいし、そうこうして今日もほろ酔い気分。
大人はほんとにいいものだ。