阿吽像

吽形像襞の影濃き秋日かな
吽形像膝に差し入る秋陽かな

東大寺南大門の金剛力士像の20年ぶりの修復が終わった。

昨年の阿形像(向かって左側)から、今年は吽形像、それぞれ工事用足場が組まれたり、シートがかけられたりして見ることができなかったが、先ごろお目見えとなった。
この時期は相変わらずの人気で、修学旅行生が説明員の話を熱心に聞いている。

阿吽像の秋日

午後の吽形像には網のフェンスをすかして秋日が直接あたり、日陰の部分とは深いコントラストを形成しているので、よけいに秋の日差しが強いように思える。

秋空のアクセント

築地塀の筋の真白に金鈴子

表紙の写真である。

東大寺戒壇院の中庭は栴檀の大木が数本あって、五線の筋塀の外からもよく見える。
四天王立像で知られる戒壇院であるが、中庭の砂壇も見もの。さらに門に被さるように立っている栴檀の初夏には花樗の薄紫、夏には木陰、秋の金鈴子も見逃してはいけない。

この金鈴子に合わせて訪ねるのはなかなか難しいが、今年は折良く巡り会えることができた。
葉がすっかり落ちているので、本堂の正面から横手に回っても、名前の通り金色の実が文字通り鈴なりなのがよく分かる。

秋晴れの空を背景にすると、黄色い実は金というより白金のようにも見え、いよいよ輝いてみるのだった。

木の実時雨に打たれる

楢の実の降るというより打つやうに
デッキ打つ木の実二三度弾みけり
靴裏になぞる木の実の丸さかな
椎の実の積もるなぞへの窪みかな
振り向けば木の実の落つる音なりし

昨日、冬鳥が来たかどうかを見に馬見丘陵に行った。

一ト番の鴨が見えたが、遠すぎて種類が判然としない。真鴨のようにも見えたが、それにしては時期がちょっと早いようにも思った。渡りの途中の鴨だったのかも知れない。
代わりに、エナガ、コゲラ、四十雀、山雀などの小鳥を間近に観察することができて飽きることもなかったのはよかった。

それにしても、外気温が26度。ちょっと歩いただけで汗ばむほどだ。これが明日をさかいに一気に寒くなるとの予報が不気味である。

見ようと思う者にしか見えない

天空のわたの原なる鰯雲

鰯雲かうろこ雲か。

その区別について今まであんまり考えたことがなかったが、やはり俳句をやるようになって気になり始めた。と言うのも、歳時記には鰯雲があっても鱗雲がないのだ。
しかし、雲をよく観察してみると、実は同じ雲の形なんだが、見立てによって呼び方が違ってるのに過ぎないことが昨夜寝床のなかで気づいたのだ。

雲片を一匹の鰯とみなしてその群れている様子が鰯雲。
逆に、雲片を鱗とみれば雲全体が一匹の魚に見えるうろこ雲。

分かってみれば単純なことだが、今さら気づくというのは今まで物事をいかに散漫に見てきたかと言うことだ。俳句がちっともうまくならない理由の一つがこれだったのにちがいない。
ちょっとでも上達したければ、人の倍あるいはそれ以上の努力で物事に向かい合うこと。そして気づくこと。これに尽きるのではないか。

その気づいたこと、驚いたことを言葉で言い得れば詩が生まれる。
何事もそうだろうが、散漫からは新しく得られるものはない。逆に、見ようとして対すれば新たな面が見える可能性があるということだ。

津軽海峡定期便

海峡は親潮日和鳥渡る
渡り鳥津軽海峡定期便
海峡の沖つ白波鳥渡る
うさぎ飛ぶ海は寒流鳥渡る

鵯は津軽海峡を渡るという。

それを知ったのはほんの数年前のテレビだが、それまではてっきり留鳥だと思っていた。というのも、一年を通して身近な存在で、どこへ行ってもその姿を見ない日はないからだ。
どういう機をみて渡るタイミングを決するのかは分からないが、天敵に襲われにくいように海面近くを命がけで飛ぶ姿は見ていても感動する場面だった。

それを親潮日和だとは俳人はまことに暢気なものである。

天空散歩

小屋泊り明日の目当ての草紅葉
草紅葉この日と定め小屋泊り
三叉路のいずれ選ぶも草紅葉
木道に色を列ねて草紅葉

一度は尾瀬を歩いてみたかった。

これはこの歳になって今さら思うことだが、若い頃は山や坂を登るのが苦手で、入社後富士山二合目までの新人研修とか、職場の奥多摩や大山ハイキングなど苦しいだけだった。
どこへ行くにも車頼みであったので、筋力なども衰える一方であったろう。

考えてみれば、目的地へ行くのが優先のあまり行程の面白さに気づけなかったと言えるかも知れない。
遅くなって自転車に乗り始めたり、俳句を始めたりして初めてそのことに目覚めたのかもしれない。
とくに草紅葉などというものは、俳句をやるまでは価値があるものだという意識すらなかった自分が恥ずかしいくらいだ。

せめて、俳句の中でも天空散歩といこうじゃないか。

予定の綻び

新蕎麦を打ってくるると誓ひしに

定年になったら蕎麦打って食わせてやるよという友がいた。

生涯学習センターかなにかで蕎麦打ちを習い始めたばかりだと笑いながら。
高価な道具も買い揃えて張り切っていたようだ。
書や水泳、山歩きなど他にもいろいろ目標があったらしい。

その彼も還暦を前に儚くなってしまった。

「新蕎麦」で創作してみた。

走り蕎麦此処と定めて十余年
路ひとつ入った店の走り蕎麦
此処だけはテレビも知らず走り蕎麦
限定の新蕎麦打って早仕舞
新蕎麦の催促メール電話でも
顔見せを兼ねて相伴走り蕎麦