スローライフ

隠遁の畑はコスモス半ばして

隠遁というのにはちょっとオーバーかもしれない。

現役引退ということだろうか。
子供も巣立って二人だけの畑では多くを作る必要もないし、何より体力的に多くを作ることもかなわなくなる。だからであろう、畑の大部分は作物ではなく花なのである。
花に囲まれて、必要なものだけを必要な量だけつくる。まさにスローライフ。

畑に入ってから夕暮れまでの時間を過ごしている農婦の姿を見かける。
ときどき、屑などを焼く畑仕舞いの煙が家の方に向かってくるのには閉口するが。

新興住宅地の周囲は昔通りの時間が流れているのである。

新藁の匂い

藁砧みぃーの寝床の安らけく

北信州には「ねこちぐら」という民芸品がある。

以前にも取り上げたが、雪の深い地方ならではの藁で編んだ猫の寝床である。
大切な食料を鼠から守ってくれる猫をよほど大事にしているのだろう。
夜なべ仕事で作られていたそうだが、出来映えもなかなか精緻で見事なものだ。いまでは作れる人も少なくなり値段も相当なものだと聞く。

話は飛ぶが、久しぶりのみぃーちゃん(本名:みやこ)ネタである。
三年半くらいたつが未だに家の子になってくれないが、朝昼晩の三回のご飯は欠かさずもらいに来る。
夜はどこかの納屋で過ごしているようだが、これから冬になると庭においたビニール温室の寝床がお気に入りとみえて、昼寝とか夜を過ごすことが多くなる。
段ボール箱の底に藁を敷き、壁も天井も藁で覆うようにしてやっているのだが、今日は新しいのに交換だ。藁はホームセンターで買ったものだが新藁とみえて青みも残っている。
去年は寝床がやや固かったので、今年は砧ならぬハンマーで叩き、手で揉みほぐしながら、安直版猫ちぐらの完成である。ちょっと獣臭のしみたビニール温室に新藁の匂いが広がった。
さて、みぃーちゃんは新しい寝床を気に入ってくれるだろうか。

御酒を勧められる

在祭鎮守の森の昼灯し
山車倉は絵馬殿の端在祭
早々と長老の宴在祭
絵馬殿に酒宴となりて在祭
山の上に山車を曳き上げ在祭
見学子御酒勧められ在祭

再び村祭り。

八幡さんは集落の一段高いところにあるので、山車を担ぎ上げるのは大変だ。
いまは隣接の山林が住宅地に開発されて道路が広くなった分いくらかはましかもしれないが、高度自体は変わらないのだから、若い曳き手がいないとつとまらない。
本宮祭が終わって、子供たちは菓子袋をもらって帰宅となるが、大人たちは山車倉へ格納したり、祭幟をしまったり片付け仕事は多い。その一方で、長老たちは境内に敷かれたブルーシートの宴席に早ばやと座り込み乾杯の合図を待たずに宴席が始まった。

見学子も席にと招かれたが、何のお手伝いもしてないので面はゆく丁重にお断りした。

貞享四年とは

水船は江戸期と伝へ水澄める

八幡さんの祭は今日が本宮祭なので、句材を拾いに出かけてみた。

17世紀の創建という神社には何度か散歩の途中に寄っているが、手水舎の水船の銘は間違いなく貞享と刻んである。同4年(1687)には生類憐みの令が出された。その5年前には八百屋お七の起こした江戸大火、翌年は元禄元年という頃である。
普段は水も流されてないはずだが、祈願祭の今だけは竹の樋からとろとろと澄んだ水が流れ込み、あふれた水は地面にそのまま吸い取られるように染み込んでいく。

この水船は当町で一番古いものだと教育委員会の折り紙付きだから、あの龍田大社のものより古いことになる。自然石をそのまま穿っただけの素朴な細工だが、氏子たちが綿々と大切に守ってきたのがうかがえる味わいのあるものだ。

内輪

在祭氏子にあらぬ身にありし
在祭団地住民縁うすき
団地には太鼓の遠く在祭
招待のされざる団地在祭

近在を歩くと、それぞれの集落の氏神さまの名を染め抜いた祭幟が辻つじ、あるいは門かどに翻っている。

刈り入れも終わり、秋祭りたけなわである。
お隣の八尾などもそうらしいが、近在では龍田大社をはじめ、太鼓台と呼ばれる立派な山車を中心に町を練り歩く。
今日は近くの八幡さんの祭で、子供たち中心の太鼓台がアップダウンの多い町内を触れ回っていた。
ただ、氏子でもなく自治会のお付き合いがない新興地は蚊帳の外のようで、練り太鼓や鉦などの音だけが聞こえてくるだけというのはやや寂しい。

新興地にはすでに数百世帯が住んでいるというのに、首都圏のような在も新もすぐ混じり合うような土地柄との違いと言えようか。

風の楯

屋敷林背負ふ芒の籬かな

屋敷林は富山の砺波平野のものが有名だが、調べると日本海側の各地にあるようだ。

日本海側に多いのは雪を含んだ季節風を直接に受けるからだが、山形だったか、この時期になると屋敷林に加えて芒を組んで籬とする作業に追われる集落がある。
いわば家の前にも後ろにも風の楯を設えるわけだから、この地域での風がいかに手強いかが分かる。

地吹雪ツアーで地域の弱点を逆手に町興しをはかる自治体もある一方で、集落の者どうし互いに助け合ってじっと冬に耐える風土を守り続けているところもある。

早生は渋か

透けるかと紛ふ熟柿の濃赤錆

急に冷え込んできた。

斑鳩の里などを歩くと、木に成ったままで収穫されない柿が多く見られる。
鳥にも食われないのか、傷一つとない柿がまるまる熟れてもう溶けそうなくらいに色を濃くしている。しかも、向こうが見えるのではないかと思うほど透けるような色である。これを和菓子の水饅頭や水羊羹みたいだと言ったらオーバーか。

この深い赤色を何と呼べばいいのだろうか考えてみたが、なかなかいい名前が浮かばない。それこそ「熟柿色」なのである。
有田焼の柿右衛門の「柿」だって、その元は独特な赤の色合いが熟柿に近いところから取ったのではないだろうかと思えるほどだ。

今は、天理の辺りの「刀根早生」の東京、大阪方面への出荷がピークだそうである。これも渋柿だが炭酸ガスにくぐらせて渋を抜いてあると言う。先日、飛鳥の道端で買った柿の半分以上は渋柿だったので、あれはきっと手抜きして売っていたに違いない。