後の月待たるる空の不順さよ
台風でとんでもない十五夜だった。
今日は台風一過、澄み渡るのかと思っていたらどんよりした曇りで夜になっても月は見えない。次は来月末の冴え冴えとした月を待つしかないのだろうか。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
後の月待たるる空の不順さよ
台風でとんでもない十五夜だった。
今日は台風一過、澄み渡るのかと思っていたらどんよりした曇りで夜になっても月は見えない。次は来月末の冴え冴えとした月を待つしかないのだろうか。
斑鳩の里を点描彼岸花
日々の戦いのなか、久しぶりに菜園のある斑鳩の里へ出てみた。
6月の後半に植えられた田も収穫時期が近づいたとみえ一様に色づき、あちこちの畦に群れ咲く曼珠沙華とは好コントラストをなしていた。この二ヶ月というもの、家から眺められる範囲の、狭い季節のなかを過ごしてきたので、久しぶりに外の空気を吸って多少なりとも心身がリセットされたような気分だ。
病床に秋の陽散らす障子かな
障子を透かせた明るい秋日が病人の部屋に広がっている。
障子、その和紙の効果だろうが、秋の陽はまだまだ強いがその直射日光をうまく分散してくれて、部屋全体を優しく包んでくれる。これがガラス越しだとこうはいかない。和のもたらす穏やかな空気感というものに日本人はどれだけ救われてきたことだろう。
病人も穏やかに眠っているので妨害しないようにそっとその場を離れた。
栗焼けるほどに香ぐわし麓かな
家の前の道を10分ほど上ってゆくと信貴山に至る。
途中の体験農場は地元では観光農場としても知られ大阪など他府県からの客も多いという。この時期はさつも芋掘りやら栗拾いなどが人気のようである。拾ったばかりの栗をその場で焼いて食う。そらぁ、うまいに決まってるがな。
秋茄子をカレー仕立ての夜食かな
看病疲れだろうか、家人がダウンした。
昼はうどんを作り、夜はカレーを煮た。料理のレパートリーとてこれくらいで、それも滅多にしつけないものだからカレーの味付けときたら大失敗。野菜にニンニクを効かせすぎたのが失敗の原因だろう。
いつかに備えて料理も多少は覚えたいのだが、調理に時間をかけるというのがどうも性に合わないのだ。
物語始むる秋の読書かな
「源氏物語 道しるべ」、スタート間近になってきた。
冒頭の何巻かを揃えて静かにその時を待っているが、いざ始まると怒濤のペースで資料他読みあさらないとついていけないのだろうなあ、と今から戦々恐々としている。
清々爺先生、お手柔らかに。
この窓に ありていつもの 虫の声
書斎の窓際にデスクを並べているので窓を開けていると虫の声がよく聞こえる。
夏はクーラーなどを使うときがあるので、窓を開けている時間は秋の方がはるかに長い。在宅治療の親がいるので外出もままならず机にしがみついていることも多いのでよけいにそう思う。病状はといえばターミナルケアのまだまだ序の口に過ぎず、やがて昼夜となく睡眠不足の日がくるのだろう。
開けはなった窓から聞こえてくる虫の声は何事にもまさる慰めのような気がする。