尾羽をうまく使い

小春日の鳶に乱流ありにけり

風ひとつない頭上に鳶が輪を描いている。

どうやら、そこには鳶を舞い上げる気流がのぼっているらしい。
意外に低い位置で、様子は下からもよく見える。翼を広げたまま尾羽をひらひらと動かしては器用に風をとらえ、泳ぐようにじっくりと回っている。視線は下に向いているのは、獲物を狙っているのにちがいない。

こちらはそれを何とか句に詠もうとしばらく上空を睨んでいるのだが、授からないうちに流れていってしまった。

秋の藤棚

あをあをと藤の実太り藩校跡

藤の実というのはこんなに大きいとは初めて知った。

藤はかなりの古木とみえて、幹はもちろん、大の男の腕の太さもありそうな枝がいびつな形をしたまま幾重にも撓められて、棚の上はさながらジャングルのようになっている。その高さだけでも40センチオーバーになっていて、そのジャングルの中のわずかなスペースに長さ10センチ以上ありそうでふっくらと太った実がぶら下がっている。
実を飛ばすには、鞘が枯れてくるのを待たねばならないが、時期としては晩秋、あるいは初冬になるのであろうか。
今は十分に葉も濃い緑を残していて、少しくらいの雨なら雨宿りできそうである。

霧霽れて

括られて一叢芒畑の隅

吟行は高取のかかし祭だった。

町おこしの一貫で、城下町の町家沿いに近代的な装いの案山子作品が並べられ、それを一つ一つ巡るのんびりした吟行だが、さすがに町家案山子を詠むというのは季題の本意には遠く、なかなか難しい吟行となった。
そこで、通りから外れた畑などに回って句材を探すことにした。
畑を囲むように秋桜が揺れ、菜畑の大根、キャベツ、白菜も順調に育っているようである。畑には、柿の実もたわわに見るからに生り年の風情を見せるかと思えば、ひときわ色を濃くした石榴も鈴なりである。
背後は、竹林だとばかり思っていたら、どうやら古墳の一角らしく鵙が巡ってくるし、鵯君も賑やかだ。
雨上がりの猫じゃらしがきらきら光り、草むらからは虫の声が盛んに聞こえてくる。
霧がかっていたのがはれて、三大山城の高取城の山がはっきりと見えてきた。
町からちょっと外れたところには秋がいっぱいあふれている。

おどろのもの

あらためて昼見る花の烏瓜
白昼のおどろに咲いて烏瓜

この世の花とは信じがたいものがある。

初めて見たときの気味悪さというのはない。まるで粘菌のお化けのようだ。
これがあの烏瓜の花だと聞いて唸ってしまった。
烏瓜は、どちらかといえば、荒れた土地の、周りの葉が枯れる頃に赤い実を晒すことが多いので、このように真っ昼間から、白昼堂々と眼前に顔を出されればどのように対処していいのか戸惑ってしまうのである。
きのこ菌がアメーバのように四方八方に伸びたような姿は、どうみても日陰の身であるべきである。夜に咲くとは聞いていたが、お天道様の前でも我が物顔というのはなかなかしぶとい輩である。
しかも、もう仲秋になろうかという時期である。
澄んだ季節に、おどろおどろしたものはいただけない。

温故知新

富める家の庭人知れず灸花
へくそかづら卑しからざる飛鳥かな
飛鳥いま電柱地下に灸花

夏の季語はまだごろごろと見られた。

この灸花(へくそかづら)もそのひとつ。
りっぱな構えの家だと思ったが、フェンスにはほつほつと灸花が咲いている。
触りさえしなければ、可憐な花だが、名前があまりにも悲しい。
ただ、飛鳥に来るといつも思うのだが、見えるもの、触れるものすべてがどこか懐かしく、逆にこの花などは名前とは裏腹に愛おしいばかりに可憐に思われてくる。
飛鳥は古い都址だが、行くたびに新しい発見がある。

異形

猫の尾の立ててご機嫌葛の花
穂元より紅さしそめし葛の花
陵の衛士小屋閉され葛の花
陵のすその一叢葛の花
陵のこれより結界葛の花
花葛の杖もて指さる在り処
新道のできて此の方葛の花
分水口のハンドル錆びて葛の花
国道は名ばかりにして葛の花
村道は林道にして葛の花
合併にて市道と呼ばれ葛の花
出店の噂絶えもし葛の花

夏の蔓が伸びきって、花の季節となった。

まがまがしい蔓の繁茂もあり、花も大振りの異形ともいえるのであまり好きではないが、なぜか古来から詠まれてきた葛である。
もっとも、万葉には30首近く詠まれているが、花が詠まれた例は一首しかなく、あの山上憶良の、

萩の花尾花葛花瞿麦(なでしこ)の花女郎花また藤袴朝貌の花 巻8-1538

だけである。秋の七草に数えられるだけあって一定の位置は占めているようでもあるが。この歌以外は、「葛這ふ」「葛葉」「真葛」など葛の生い茂るさまを詠んだものばかり。
では、いつから花に注目されたかを調べると、平安期からであるらしい。ただ、「尾花くず花」のように尾花とセットに詠まれている例が多い。

とまれ、葛粉を採取するのも稀となった現代では、荒涼とした原や田畑、廃屋などのイメージが強く葛の花に可憐な風情を求めるのには少々無理がある。いわば足を踏み入れることができない異界、異境の異形の花というばかりである。

崖っぷち

かがむれば木つ葉動きて蓑虫に
蓑虫の縫いしばかりの木つ葉かな
蓑虫の木つ葉からげて雑な蓑
蓑虫の木つ葉の蓑を引きずれる
蓑虫の引きずる旅の一張羅
蓑虫のなにも持たざる旅ごころ
蓑虫の織つたる蓑の木っ葉かな
桜葉の蓑を蓑虫まとひたる
陽石に蓑虫着くも飛鳥かな
陽石に蓑虫蓑をつけしまま
蓑虫に亀の歩みのありにけり
陽石にすがる蓑虫つまみけり
陽石の先に蓑虫戸惑へる

祝戸のマラ石に寄った。

名前の通り男根をかたどった石で、これも飛鳥の奇石遺跡のひとつ。
古老に聞けば、飛鳥川をはさんだ対岸の山が「ふんぐり」しているから「ふぐり山」だと手振り交えて教えてくれた。聞けばなるほど、寝そべってだらんと延びたふぐりのように見えなくもない。
「あの山には昔から陰石もあるちゅうんで、子供の頃ずいぶん探し回ったが結局見つからなんだ」
「庭石か何かにでも誰か持ち去ったに違いないということやった」
陽石はその昔直立していたらしいが、今では45度くらいに傾いている。
なるほどそのままだと感心していたら、先ほどまで葉っぱが落ちているとばかり思っていたのがかすかに動いているではないか。
顔を近づけてみると蓑虫だった。葉っぱを巻き付けた蓑というのはなかなか洒落ているが、そこから頭だけ出して、のろのろと先端に向かって登っているようである。どうやら糸に頼らず地上を散歩中のようである。

ちょっと抓んでみたら、すっと首をすくめてしまってなかなか顔を出してこない。団子虫より相当用心深そうだ。
石の先端部分に置いてみたら、しばらくしてようやく顔を出したが、断崖の縁に戸惑ったように今度は全く動きを止めてしまった。
何だか悪いことをしたような気がしたが、訪れる人も少なく無事に帰すべきところに帰すだろうと、そのまま立ち去ることにした。