四面楚歌

醜草をぬきんでて揺れ美人草

雨上がりの涼しい日を狙う。

思いたって庭の草を刈ることにした。草引きではなく、鎌でざっと刈るだけである。
今ごろはポピーの時期なのだが、今年は雑草に負けそうになりながらも辛うじて息を吸うように頭一つ出て揺れている。いったい何時から、あるいは何処から種が飛んできたのか分からないが、毎年増えているように思える。抜いてみるとしっかりとした、牛蒡のような直根なので多年草と思うかもしれないが一年草である。
一般にはポピーだが、歴とした和名がある。
雛罌粟ひなげし、別名・虞美人草(または美人草)である。こう聞くと、由緒ある高貴な花というイメージに一変してしまうところが面白い。項羽の寵姫・虞の死後、墓のそばから咲いたのでそのような別名があるわけであるが、垓下の戦いに破れ、しかも周りの漢軍に楚の国の歌を歌われて心理的に大きなダメージを受けた楚国の英雄の悲嘆にストレートに響き合うものがある。

山膚

平群谷出づる峠の懸り藤

これは霾ぐもりというべきか。

初夏の陽気に遠い二上山はじめ青垣に靄がかかっている。
午後三時の気温が三十一度。真夏日である。朝方こそ長袖をはおっていたが、日中はTシャツ一枚で十分である。家にいるときは靴下だって暑苦しい。
今日はホームセンターのはしご。この店にないものはあそこで、あそこにも無ければまた一軒。
目当ては農業資材だが、ワークマンが近くにあったのがブレークして以来小さな店は畳んでしまったようで、ホームセンターの作業パンツで間に合わせることにもした。吸汗速乾。これはいい。今まで何本かのGパン、綿パンでやっていたが膝がずいぶん薄くなっていつ破れるかというぎりぎり。
昨年までは会社の作業服がしっかりしたもので重宝していたがさすがにもう限界。長いオフィス勤めから馴れない工場勤務に変わった思い出の上下だがおさらばである。
山の藤が見事な季節となった。サングラス越しにもくっきりと藤色が山膚に浮かんでいる。桐の花も今頃はさいているであろう。

力量

ふらここの銀の鎖を雨雫

冷たい雨だった。

二十度近くになるという予報だったが、肌で感じる気温は十度台前半。
こうなると何もできない日曜日。何もやる気がおきない一日だった。
ここのところ立て続けにご恵贈いただいた句集をあらためて繰っては、作者の力量にうなづくのであった。

2ndテナーの優男

高麗山の落花せかする雨一夜

思いもかけない訃報が届いた。

それも、亡くなって一年後である。
コロナ禍もあってご遺族は広くお声をかけるのを避けられたのだろう。
友人がたまたま演奏会の案内を出したところ、ご遺族から丁重な返信があったのだと。
大学の同級生であり、男声合唱団の仲間であり、しかも二浪というところまで共通の、テナーの声がよく通る優男。
長年住み馴れた横浜を引き払い、余生を大磯・高麗山の邸宅で穏やかに過ごしておられるとばかり思っていたのだが、互いに賀状出さなくなって半ば音信不通状態のまま。コロナ禍が収まればまたいつでも会えるとばかり思っていたのに。
昨年の花の盛りにこの世を去ったS君に捧げる句である。

杜撰

開発の中断されて山笑ふ

いっせいに山の緑が吹き出した。

落葉樹が多い山ならではだが、冬から春への変容は息をのむ美しさがある。
その美しい山容を無残にも切り取って大規模太陽光発電の計画がすすんでいたが、平群町民の反対で頓挫している。始末が悪いのはすでに樹木が完全に切り倒され山膚の爪痕もあらはに、裾からも無残な姿をさらしているのがよく見える。相当規模の大きい開発で、山塊の崩壊による災害を招きかねないと住民運動が起きていたところに、ずさんな計画がつぎつぎに明らかになりメガソーラーの許可を出した県も止めざるを得なかったようである。
開発途中の映像を見るにつけ、よくもこんな杜撰な工事がすぐ近くで行われたのには戦慄を覚えるが、これを安全な状態に復元するにも課題が多いだろう。熱海の土砂災害の件もあり、このような危険な開発計画が他にもすすんでないか、おおいに気にかかるところである。

様子見

花便り北より届く穀雨かな

言い得て妙である。

今日より二十四節季穀雨。
もろもろの穀物、広く言えば野菜にも、恵みをもたらす多くの雨がふる季節である。
夏に向けて種まきにしても定植にしてもそのあとは十分な水分が必要となる。したがって素人ファーマーといえども天気予報を気にしながら予定を組むわけである。
トマトの苗が順調で明日から雨が続くというのは定植のチャンスだが、朝の低温が心配なので様子見することにした。このままでは苗が育ちすぎる心配があり、今日はひとまわり大きい鉢に植え替え時間を稼ぐことにした。

無線放送

雲雀野に雨よぶ雲のなかりけり

さいわいにまだ裸眼で雲雀をとらえられる。

ということは合焦機能がちゃんと働いていることである。ときに声の方をさがしても見つからないときもあるのだが。これはたいていが雲雀が風に乗って素早く流れているときである。目を向けた方向にはすでにいないということが、なおさら見つけられない原因となるのだ。

今日の日中は作業を避けた方が賢明というくらい暑かった。明後日から天気が崩れると言うので、それまでにやらなければならないことは山ほどある。外へ出るタイミングをはかっているうち、いつの間にかうたた寝をしてようで目覚めたらすでに3時を回っていた。デイリーのルーチンがあり、農作業終わってからだとしんどいのでまずそれを片付けてから出かけると、時間はもう4時半。それから1時間半ほど、6時の町内無線放送を聞いて終了である。