肥えた土

養生の甲斐あり蚯蚓育つ土

山土を入れただけの庭は本来何も育たない。

山を削って運んできた用土というのは栄養分がないからだが、それでも2,3年経てば雑草の種が飛んできて芽を出してくる。そうならないように庭木や花を植えて形を整えるわけだが、そのためには腐葉土や堆肥をすき込まねばならない。
すると、それらの有機成分を微生物が分解したり、やがて蚯蚓なども増えて分解を一層促して、いわゆるふかふかの肥えた土になる。
だから蚯蚓が育つ土は植物にとっても快適な環境とも言え、土がいいかどうかは蚯蚓の有無によって判断できる。

手で引いてられないくらい雑草がひどいので、鍬でもって根こそぎ起こしてやろうとしたら、可哀想にもちょん切られたミミズ君が何匹も踊り狂うことになった。ようやく庭の土も肥えてきたのはめでたいが、ますます雑草との戦いに明け暮れしなければならないと思うと気が重い。

これが小麦色

麦秋や遠目にしるき大鳥居

以前にも詠んだ光景。

三輪山に向かってさえぎるもののない眺めだ。
奈良盆地のなかでは珍しく麦畑が続いている。
ここは盆地西から桜井方面に斜めに走る県道14号線、飛鳥への近道でもあるので何度も利用している馴染みの道だ。盆地を南北に貫く国道24号線を横切ってしばらく行くとやがて工場や民家が途切れ、三輪山の姿がどんどん近づいてくる。その間は一面に麦畑が広がっていて、春には青々していた畑が今日は文字通りみごとな小麦色だ。

大神神社の黒い大鳥居もいよいよ近づいてきた。

混戦模様

夏場所や横綱転び茜空

両横綱そろって敗れるという。

荒れる名古屋のお株を奪うような混戦模様になってきた。
可能性があるのはモンゴル力士ばっかりだが、新しい大関誕生の可能性はまだある。楽しみが増してきた。

座布団が舞って、外に出れば茜空。隅田川畔に出てそぞろ歩きもいいかもしれない。
当地はまだまだ陽が沈みそうもないが。

仰ぎ見る花

二階より予約の埋まり朴の花

朴の花を上から眺める機会というのは、山登りでもしない限り少ない。

だいたいが下から眺めるだけのことが多く、一度はあの大ぶりの花を見下ろしてみたいと思う。
ある山深い宿であるが、庭に一本そびえる朴の木があって、花の時期は2階の部屋から予約が埋まっていくという。

花の色、そして数

山法師影を濃くして庫裡の窓

山法師の花の色は白だが、いわゆる真っ白ではない。

どちらかというとクリーム色がかった白でしっとりした彩度があり、梅雨入り前のこの時期のしっかり茂った葉とのコントラストも相俟って目をひきつけるものがある。
古刹の庭にまわり、庫裡の角を曲がったら壁に濃い影を落とす山法師が目に飛び込んできた。
花の形などはハナミズキに似ているが、その数がはるかに控えめなところが古刹には大変好ましい。

花垣

卯の花の垣を魔除けの村はずれ

多武峰山腹の集落である。

このあたりは勧請縄と言って、悪霊、疫病が侵入しないように村の出入り口に縄を張る風習が残っている集落が見られる。集落の中には、ちょうどこの時期、村に入る手前が卯の花の垣根が盛りとなるところがある。そのまま下っていくとやがて勧請縄が張られていて、垣根はその露払いみたいなものだ。

卯の花は初夏の花。今日は午後から雨模様。梅雨にはまだ遠いが、前触れの雨かもしれない。

放置したら大変

けふ生れし罌粟の坊主を憎みけり

罌粟坊主というのは罌粟の実である。

これからアヘンが採れるので栽培は禁止されている。
したがって、掲句は罌粟の花そっくりなナガミヒナゲシの実を眺めていて詠んだもの。
花が可愛いので放置しておくと、繁殖力が抜群に強いようでどんどん庭を占拠してしまうそうだ。種がばらまかれる前に実はさっさと摘んでしまわなけらばならない。というより、引っこ抜いてみると意外に簡単に抜けるのだが。

この手の草花をもっと知るためキヨノリ君情報の「スキマの植物図鑑」を発注したが、ただいま入荷待ちだそうだ。